第六章

ネチャンガ(九つの太陽)

 あたらしい死者の魂はこの世の創造主の話を聞くことになるだろう。アマリチャ(Amaricha)とバリチャ(Barhicha)は亡魂にうながされてトゥルティン・グ・トゥルティンに住む父ケンチュワ(Kyenchyuwa)とひとり息子ケナシリ(Kyenasiri)についての物語を話し始める。三日後には彼(息子)が天神となることを人々は認めるにちがいなかったが、彼は突然消えたのである。父と村人は消えた息子を探し回った。しかしどうしても見つけることができず、父は息子が敵にさらわれたのだと考えたほどである。意気消沈した父は有名な占星術師ハラデワラ(Haradewala)のハラララー(Haralalaa)またの名ハラダディ(Hara dadi)とシャンラ(Syanla)のシャンジョシ(Syanjoshi)のもとを訪ねることにした。翌日必要なものを背負って父は家を出た。彼は怒っていたので、もし息子の居場所がわからないなら、占星術師たちに懲罰を加えるだろうと言った。こういうことを言いながらトゥルティン・グ・トゥルティンをあとにした。

 ケンチュワはタピャウン・ティパヤクワ(Tapyaun Tyipayakhwa)に達すると、さらに速いペースで歩いた。下って地神の寺院ウミャーマリ寺(Wumyaamari)でカスマ・シャラチャ(Kasuma Syalaccha)すなわちチベットの塩を捧げ、白籾米を撒いて祈った。下ってケンチュワはウィクマ(Wikhuma)という女性を記念して作られた碑ウィクマ・ダル(Wikhuma Dary)で水を灌ぎ、マイ・タナ(Mai Thana 女神寺院)で色とりどりの旗を捧げた。彼はジュンティ(Jyunti)の魔の橋を修理した。彼は上っていき、マンガ・シャンタナ寺(Manga Syanthana)、マラウント(Maraunto 上ラウント)、ヤラウント(Yaraunto 下ラウント)、ビクラタ・リマジマ(Byikhulatha Rhimajima)を経て、ネズミや鳥でさえ入れぬというミシャナ・ダガラ(Misyina dagara)の森に着いた。とても森を抜けられそうになかったので、彼は鎌で潅木を切り始めた。ようやくソファガラ(Sofagala)に達し、ダウリ川(Dhauli)を渡った。

 そこでハラデワラやハラララーに会い、挨拶をかわした。ケンチュワは言う。

「ハラララーよ! 私はトゥルティン・グ・トゥルティンの住人ケンチュワという者である。我々はあと三日で息子を天神とするところだったが、その三日後、息子は忽然と消えたのである。あらゆる場所を探したが見つからず、ここに来たのだ」。

 占星術師ハラララーは答えた。

「道端の溝の水のなかに丸い石があるだろう、おまえはそれを持ってトゥルティン・グ・トゥルティンにもどらなければならない」。

 それから彼はシャンラ・シャンジョシ(Syanla Syanjoshi)の家に着き、扉を開いて、中に入った。シャンジョシと挨拶をかわし、言った。

「シャンジョシよ! 私はトゥルティン・グ・トゥルティンのケンチュワである。我々はわが息子を天神に仕立てるつもりだったが、息子は消えてしまった。だからこうしてあなたに息子のことを尋ねるためにここに来た。あなたの学識でもって、どんな敵がわが息子をさらったか、つきとめてほしい」。

 占星術師は答えた。

「ケンチュワよ! おまえは三つの石を持って帰り、(家で)その上に丸いラーカ(Laakha)を置くとよい。おまえは道の上で草を取り、かばんいっぱいにつめ、道の下で水を汲み、かばんいっぱいにつめるのだ」。

 ケンチュワは占星術師に別れを告げ、下方へ歩いていった。ウラティナ・シャンデラ(Wurathina Syandera)では食事を取った。それからティンターウン(Tinthaaun)、バウンリナフキ(Baunlinahukhyi)、ソバン・ダルティ(Soban Dharti)を経て、スワウイ・バウワウイ(Swawui BhauwauiSwo山)に達した。彼はマウガウンタマシャ(Maugauntamasya)で川を渡った。彼は上っていき、トゥルティン・グ・トゥルティンの真向かいにあるチャウダス・パッティ(Chaudas patti)の寺院群、チャイ・バカ・シャンサイ・タナ(Chyai bakha Syansai)に着き、一対の旗を捧げ、白籾米を撒いた。

(…………)

 息子を殺したのが九つの太陽であることがわかり、彼は憤った。ケンチュワはシャラチャマ・ランガー(Syalachhama Rangaa)という羊毛のガウンを着て、弓矢を両手に持ち、深夜のうちにラハナマ・ジャフフ(Rahanama Jafufu)は出発し、ウンタ・バウンブイ山(Untha Bhaunbui)の山頂をめざした。ケンチュワは山に着くと、岩の陰に身を隠したので、昇る太陽から彼を見ることはできなかった。明け方、長女(太陽)が頂上に達したので、ケンチュワは弓を射て彼女を殺した。他の太陽姉妹もつぎつぎとやってきたので、ケンチュワはつぎつぎと射殺した。結果として、八つの太陽が地上に落ちてきた。末妹の太陽はつぎつぎと姉妹が見えざる敵に殺されるのを見て、恐れおののき、山頂へ行くのをためらった。結局彼女は山頂近くに住む大きな身体と角をもった鹿を盾にして、山頂に近づいた。弓は鹿の身体を貫き、鹿は死んだ。彼女の一本の手とひとつの目も傷ついた。死ななかったが、障害者になったのである。彼女は空にもどるのは危険だと思い、土深くもぐって姿を隠した。こうして空は暗闇に覆われ、生きるのが難しくなった。

 新しい死者は、太陽がいかに地中深くに沈み、また取り出されたかについての話を聞かされた。ケンチュワは末妹(太陽)の一本の手、ひとつの目をつぶしたが、殺すことはできなかった。末妹は、空は危険だと思い、地中深くにもぐって隠れたのである。地上のあらゆる生き物は太陽の輝きが失せていくのを見て恐怖におののいた。ラウンダウヌ(Laundaunu)すなわち地上でもっとも力のある動物、たとえば虎や熊、また、ピャラナル(Pyalanalu)すなわち上空でもっとも力のある鳥、たとえばカウワ(Kauwa 烏)、ギッダ(Giddha ハゲワシ)らは樹上の、あるいは地上のすべての生き物をあつめた。地上を代表する虎や熊は一日の昼間につき九日の夜がいいのではないかと提案した。いっぽうカウワとギッダは一日の夜につき九日の昼間がいいと提案した。それぞれが自分たちの利益になるような提案をしたので、意見はまとまらなかった。そのときボラ・チプチャイ(Bola Chipchai)というちっぽけな鳥がみんなの前に出て、言った。

「みなさん、ぼくはとても小さな者だけど、みなさんすべてのために提案したいと思います。昼と夜が交互にやってくるというのはどうでしょうか」。

 それを聞いた熊は怒って、小鳥をパクリと飲み込んでしまった。それ以来熊は胃痛に悩まされるようになった。翌日、ボラ・チプチャイは糞といっしょに出てくることができた。だれもが小鳥が無事に出てきたのを見て喜んだ。チプチャイの提案はもういちど審議されることになり、会議が開かれた。それ以来、昼間と夜が交互にやってくるようになったのである。虎や熊も多数決に従うことにした。

 しかし、太陽の末妹がいないのに、昼と夜が交互にやってくることはかなわなかった。そこでどうやったら太陽を地中から出せるか、作戦が練られた。結論として、山頂で弓やをもって太陽を射殺そうと待っているラハナマ・ジャフフを殺さないといけないということになった。ボラ・チプチャイは虎や熊(bhalu)やカウワやギッダ・ダダ(Dada)に言った。

「ダダたちよ! ラハナマ・ジャフフはウタ・バウブイで弓矢をもち、太陽を殺そうと待ち構えています。我々は太陽を連れ出す前に、ラハナマ・ジャフフを追い散らさないといけません」。

 さらにネズミにたいしてボラ・チプチャイは言った。

「ネズミよ! おまえは地中にもぐって山頂へ抜け、ラハナマ・ジャフフの弓の弦を齧ってきてください。私もまた人工の翼をつけて飛んで行き、ラハナマ・ジャフフを殺すことができるでしょう。そうして自然の摂理に従って、昼と夜が交互にやってくるようになるでしょう」。

 これで準備は万端整った。ネズミは穴を掘って地下深く進んで行き、ネズミもボラ・チプチャイも地底に達した。地底では太陽が手袋を編んでいた。彼らは手袋の上に座り、尋ねた。

「太陽よ! どうして右手の手袋はきちんと編んでいるのに、左手の手袋はさかさまに編むのだい?」

「さかさまに編むのは私の亡くなった八人の姉妹を追悼しているのです」。

 ボラ・チプチャイは手袋の上を走って、ティクナジュマ(Tikunajuma)、すなわち手袋の中央(掌?)に達すると、尋ねた。

「妹よ! 右手の手袋の輪は完成したのに、左手の手袋の輪は完成していない。どうしてだい?」。

「右手の輪は八人の姉妹のスタク(Sutak ?)を象徴し、左手の輪は我々の生活の状態を象徴しているのです」。

 ネズミは走って手袋を編んでいる場所タルトンヘ(Thaltonhe)に達し、尋ねた。

「妹よ! 右手のブレスレットをはずし、左手にはめているが、それはなぜ?」。

「右手のブレスレットは死んだ八人の妹のスタクを象徴し、左手のブレスレットは我々の生活を象徴しているのです」。

 ふたたびネズミは手袋を編んでいる太陽の妹の機織に近づいて邪魔をした。妹はすっかりネズミに辟易してしまった。彼女はあわやリラシナ(Rilasyina 機織の道具)で鳥(ねずみ?)を殺してしまいそうになったが、自制した。彼女は心の中でつぶやいた。ラハナマは自分の妹八人を殺したことによって罪を犯した。私がこのちっぽけなネズミを殺したとて、どんな罪だというのだろう。そう考えながら、彼女は注意深く小鳥をもちあげた。そのとき羽がくすぐったかったので、妹は思わず笑い転げた。笑いながら、地底から天空へ彼女は飛び出した。天と地は太陽の輝きを取り戻し、逆に地底は暗闇に覆われた。こうして自然は元通りになり、すべての生き物はもとのように暮らすことができた。

 すべての生き物は、このボラ・チプチャイという小鳥の活躍によって助けられたのである。地上の生き物、虎や熊、樹上の生き物、カラスやハゲワシはこう言うだろう。

「もし道の真ん中にボラ・チプチャイの屍骸を見つけたら、道の上に埋めて手厚く葬りなさい」。

*ロパ族(チベット自治区米林県)にも「九つの太陽」という伝説がある。それによると、昔、天と地が結婚し、大地が九つの太陽を生んだ。そのなかの七つの太陽は天と地が接する地方に住んでいた。そこには大きな石柱が立っていた。大地の水はそこに流れ込むと熱さで沸騰、蒸発し、落ちてきた水は逆流し、洪水を引き起こした。ほかのふたつの太陽は天の父のもとにいて、両目のごとく大地の母を見ていた。そのころ大地では大地の子であるたくさんの動物や子供が桃を採っていたが、太陽がカラスの子を殺してしまった。怒ったカラスは太陽の目を射抜き、それ以来光を発しなくなった。まつげは地上に落ち、ニワトリになった。それ以来天で光を発する太陽はひとつなのである。