3 葬送儀礼は語る

 実見したわけではないが、息を引き取ったあと、遺族は死者の口に銀のかたまりか銀貨を入れる。ナシ族だけでなく、トゥチャ族、プミ族、ハニ族、リス族、イ族、アチャン族、白族、ネパールのリンブー族やマガール族を含むチベット・ビルマ語族の大半が同様の習俗をもっている。じつはこの習俗はずっと西のほうからやってきたものだ。

 古代ギリシアやローマでは、死者がスティクス河を渡って冥界(Hades)へ赴くとき、渡し守に支払えるように舌の下に銀貨を差し入れた。中央アジアでは広くこの習俗が見られたが、仏典(『大荘厳論経』)のエピソードからインドでもおこなわれた(ただし銀貨ではなく金貨)ことがわかる。(小谷仲男 1989

 チベット・ビルマ語族の葬送儀礼ではしばしば羊が重要な役割をもつ。チャン族(羌族)の場合、人が死ぬとかならず羊を屠る。この「路引」羊のことを羌語でラパサマチ(La-par-sar-ma-tchi)と呼ぶ。男性の死者にはオス羊、女性の死者にはメス羊を用意する。流れ出た血は碗に受け取り、麦草にしみこませて、男性の左掌、女性の右掌に塗る。これで死者は羊が導いていくことを知るのである。

 チャン族と同系統のプミ族でも羊の犠牲は重要だ。プミ族の古い葬送儀礼をランピ(羊を捧げる)という。その過程は、(1)ランピ(2)指路(3)埋葬の3段階に分かれる。(1)ではまず白の羊(男性にはオス、女性にはメス)を選び、泉の水と杜松の枝を燃やして出た煙でもって清める。シピ(巫師)は竹竿をもち、羊を棺が置かれている部屋へ追い立てる。遺族は羊に酒を飲ませたあと、それを屠る。羊の心臓や肝臓、13本の骨などを麻袋に入れ、霊前に捧げる。これは旅支度の馬に乗った死者に渡したことを意味している。(2)ではシピが『開路経』を唱え、祖先の地へ送り出す。(3)の埋葬のあと麻袋にいれた羊の心臓や肝臓を取り出し、竹竿の先にかけ、それを墓の上に挿す。以後三日間鳥に啄ばまれたら、吉祥と考えられる。もし啄ばまれなかったら、家族に禍が訪れるという。また麻袋と羊の骨は墓の上で焼き尽くす

 イ族やナシ族などは羊の犠牲を残しているが、南下して、もといた地域から離れれば離れるほど、見られなくなる。羊がいないからだ。ハニ族の葬送儀礼はヤンピトと呼ばれるが、古代には綿羊でなければならなかった。しかし南下して綿羊を飼うこともなくなったので、遠出をして買うのでなければ、山羊、ないしは牛、ブタ、ニワトリなどを代替とした。