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 丘の内側には釣り桶があり、小人たちでギュウギュウ詰めだった。釣り桶は鎖につながれ、立て坑の中を上がったり下がったりしていた。ハンスと召使はよじ登って釣り桶に乗った。下のほうからは霊妙な音楽が聞こえてきた。立て坑の中を降りていくと、ハンスはウトウトと寝てしまった。

 目が覚めたとき、ハンスはベッドの上にいた。彼は家具がしっかりと備わった部屋にいた。そのとき召使が朝食を持って入ってきた。こうして小人との生活がはじまった。この生活は十年つづくことになる。

 その日遅く、ハンスは小人たちの宴会に参加した。彼の召使はこの場に適した服を用意してくれた。ハンスは依然として帽子をかぶっていた。この帽子はいわば地下世界のパスポートだったのである。宴会ホールは天井に嵌められた輝く宝石によって明るかった。ホールに入ると、ハンスは全員から歓迎された。彼は小人のリーダーたちに紹介され、ふたりの女たちの間に座らされた。彼女らは彼にじゃれついてきた。陽気に楽しんでいるさなかに凝った料理が運ばれてきた。

 驚いたことに、料理を配膳しているのはハンスとおなじような人間の子供たちだった。白いジャケットを着た彼らは、テーブルからテーブルへと忙しそうに動き回っていた。あとからわかったのだが、この子供たちは家からさらわれ、小人たちに仕えさせられていたのである。五十年後に彼らは村に帰らせてもらえるという。ハンスは彼らの運命について深く考えた。そして自らに言った。「子供たちはすごく幸せそうだな。小人たちに仕えるのもそんなに悪いことじゃなさそうだ。牛飼いよりはずっとましだろう!」

 機械仕掛けの小鳥がたくさん空中に放たれた。ホールは小鳥の歌で溢れんばかりだった。食事が終わる頃、小鳥の歌はいっそうにぎやかになった。ダンスのための音楽になっていたのだ。ハンスもダンスに加わった。ようやく浮かれ騒ぎが終了すると、小人たちはホールから一列縦隊になって出ていった。そのあと仕事場に戻る者もいれば、居住区画に戻る者もいた。

 ハンスは小人たちの栄誉あるゲストだった。帽子によってステータスを得ていたのだ。であるから彼は働く必要がなかった。しかし何週間かがすぎるうち、日々の活動がうまくこなせるようになった。毎日の晩餐のあと彼は「地区」(彼らがぶらぶら歩く居住区)を歩き回った。彼は壁に掛けられた絵を見た。そして隅や割れ目を探索した。彼はまたフルートを演奏した。そして外に出て、地底の草原を散歩した。もっとも楽しかったのは、人間の子供たちとゲームをして遊んだことだった。小人たちのために働いているとき以外は、自由に過ごすことができたのだ。

 この楽しい暇な時間はしばらくつづいた。それからハンスは小人の世界にも学校があることを知った。授業を受け持っているのは賢者たち――長い白髭をたくわえた長老の小人たち――だった。賢者の一部は数千歳で、何千年にもわたる知識を蓄積していた。

 ハンスは学校に通うことが許された。彼ははじめにラテン語と算数を学んだ。熱心な生徒であった彼は化学やその他の科学の授業を取った。それから彼は小人の間で高く評価されている謎々の作成の技術を会得した。

 ハンスは彼が見出した新しい生活をとても気に入った。小人の世界は彼が望むものすべてを与えてくれた。彼は学問を追求し、召使の子供たちと遊び、晩餐会でダンスを楽しんだので、以前の生活のことは忘れてしまった。九つの丘の牛のこと、ランビン村のこと、あとに残した家族のことを思い浮かべることもなかった。こうして年月が流れた。

 遊び友だちのひとりにエリザベスという名の女の子がいた。ハンスより二つ年下で、やはりランビン村の出身だった。彼女の父親は村の司祭だった。ほかの召使と違って彼女は家からさらわれたのではなかった。彼女は村の子供たちといっしょに丘の上をぶらぶら歩いていた。草の上で休んでいるときそのまま寝てしまったのである。彼女は置いてきぼりを食らってしまった。目が覚めたとき、小人たちの「地区」にいたのである。小人たちは草の上で眠っている彼女を発見し、彼らの国に連れていって召使にしてしまった。

 いっしょに遊んでいるうち、ハンスとエリザベスは互いに好きになっていった。好きがそのまま愛になった。彼が十八歳、彼女が十六歳になる頃には、ふたりは離れがたくなっていた。

 彼らは話ながらいっしょに歩くのが楽しかった。手に手を取って地下世界の草原をぶらついた。そして彼らは石の空と小人の家のミステリアスな光を見て驚いた。エリザベスは散歩を楽しんだけれども、それらを見て悲しくなった。というのも空を見ると、その向こうにある世界のことを思い出すからだった。太陽と月と星々のことも思い出した。自分を愛してくれた両親のことも……。

 


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