(3)

 ある日空が暗くなった。雷がお城を揺るがした。そして豪雨が降ってきた。

 洪水が押し寄せてきた。お城は水浸しになった。そして土砂降りに飲み込まれてしまった。水は城壁を越え、窓を通って中に入っていった。そしてとてつもなく大きな波がお城を一掃した。

 波に捕らわれたリューベンは疲れ切っていた。漂着物のひとつのように彼は窓から押し出され、城から遠くまで運ばれた。妻と子供らとも離れ離れになってしまった。

 息も絶え絶えになりながら、彼はなんとか浮かんだまま水と格闘した。しかし結局渦に巻き込まれてしまった。リューベンは地表に出ようと必死になった。

 彼が知っていたことのひとつは、彼はミクワーの小屋にいたことだった。彼は短い階段の下にある水たまりの前に立っていた。リューベンは階段を見て、ずっと昔長い階段のほうを下ってきたことを思い出した。めまいを覚えながら階段を上り、ついに小屋から外に出た。

「こっちにおいで。食事の準備ができているから」

 その声の主はラビ・ピンチャスだった。家から彼を呼んでいたのである。リューベンは家の中に入った。

「みんなあんたの帰りをまちわびていたよ」ラビ・ピンチャスは言った。「一時間もいなかったからね」

「一時間ですって?」

 リューベンは夢から覚めたばかりのように目をこすった。当惑した彼は地底世界の王国で何年も過ごしたことをラビ・ピンチャスに語った。ラビは知っているとばかりにうなずいた。そして隣の部屋の娘を呼んだ。

食べ物が載ったお盆を持って娘が部屋に入ってきた。リューベンは娘を見て自身の目を疑った。それは国王の娘だったからである。

「レイチェル!」彼は叫んだ。「王国のわが妻だ!」

「説明させてくれ」ラビ・ピンチャスは言った。「最近、わたしは夢を見た。その夢の中でわが娘と結婚する運命にある若者と会った。そんなおり午後、あんたが部屋の扉をノックしたのだ。わたしにはわかったよ。あんたこそわが夢の中の若者であると。

 それであんたに催眠術的な魔法をかけたのだ。ミクワーの小屋に入ったとき、あんたは幻影を見ただろう。地下深く階段を降りていったと想像しただろう。そこでレイチェルと知り合ったはずだ。ふたりは家庭を築き、幸せに暮らしたはずだ、突然それが終わりを告げるまで。

 なぜわたしがあんたにこの幻影を見させたのか。まず運命を気づかせることが目的のひとつだった。あんたはわが娘と結婚するさだめになっておるのだ。

 第二に、人の運命というものは行動のとり方に左右されることを思い起こさせるのが目的だった。エメラルドを自分のものにしていたら、レイチェルと結婚することはなかったろう。人の運命は見直されることもあるのだ。

 しかし幻影を作り出す主な目的とは何か。この世で永遠につづくものはないということを知らしめることだ。幸福などというものはすぐ消えるものなのだ。天の恵みなんて、洪水のときに流される漂流物のように、すぐ流されて消えてしまうものだ。だから耐え抜いているときにこそ楽しむがいい」

「すばらしいアドバイスをありがとうございます、ラビ。がんばってそのとおりにやってみます」

「それでリューベン、レイチェルを妻として迎えてくれるかね」

「もちろんですとも。もう何年もレイチェルを愛しているのです。この長い年月が幻影だったとしても」

「レイチェル、おまえもリューベンを夫として受け入れてくれるかね」

「もちろんです、喜んで」レイチェルは言った。「運命の絆をあらがうことができるでしょうか。それにわたしたちはすでにとてもよく互いのことを知っているのです」

 ラビ・ピンチャスは両手を打った。「それならこの結婚は祝福されているということだ。さてリューベン、さぞ腹が減っていることだろう。さあ、食事をしようではないか」

 リューベンとレイチェルは正式に結婚した。幻影のとおりに、彼らはコレツに住み、三人の子供を育てた。

 地下王国での妻と三人の子供との生活を取り戻せたことに対し、リューベンは神に感謝した。以前以上に彼らをいとおしく感じた。突然彼らが奪われることもあるということもまた彼にはよくわかっていた。

 


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