三通の秘密の封書 

 何日かすぎて、ガル・トンツェンは皇帝が吉祥宝殿で大臣らと話し合いをするということを聞いて、あわてて贈り物をもって謁見を申し込みました。宝の帽子を献上しながらガルワは言いました。

「われらの国王におきましては、皇帝さまのご威徳はかねがね承っております。唐朝がいかに富強であるかも存じております。アチェ・ギャサさまのご器量もまた敬服いたしております。それゆえこうして特使であるわたくしが参った次第です。皇帝さまにはなにとぞアチェ・ギャサさまをわれらの王にいただきたくお願いいたします」

 帽子を脱いで地にひざまずいたガルワはうたいはじめました。

万民を統(す)べる皇帝にたいし帽子を脱いで敬意を表します 

たぐいまれなる宝の帽子を献上いたしますのは 

われらチベット民族のならわしで  

チベット国王の求婚の礼であります 

アチェ・ギャサ公主を迎えたく存じます 

高原に福をもたらしてくださることをせつに願います 

 唐の皇帝はこの歌を聞いて、ソンツェン・ガムポ王が聡明な王であることを知りました。チベットとのあいだでできるだけ早く友好関係を結ぶべきだと思いました。しかしそれが本当の話なのか、ウソの話なのかはわかりません。皇帝はガルワに言いました。

「これはたいへん重大なことである。軽々しく返答することはできない。そなたたちの王に誠意があるかどうか、朕(ちん)にはわからぬ。いま、そなたはチベットへもどって、善政をしくことができるかどうか、ソンツェン・ガムポ王どのにきいてほしい。国民によき日々を送らせることができるかどうかきいてほしい。それができるなら、アチェ・ギャサをチベットの国王に与えよう。できないなら、このことはなかったことにしてくれ」

 ガルは皇帝の言葉をきいて、「してやったり」と思いました。一歩前に出てうやうやしく敬礼し、言いました。

「われらの王は、あらかじめ皇帝さまがお聞きになることを予想し、この封書を用意いたしました」

 ガルはそう言うと、ふところから一通の封書を取り出し、両手でかかげるようにして差し出しました。

 皇帝は封書をあけ、読み上げました。

「大皇帝が仁政を施行しておられるので、百姓(ひゃくせい)はみな安らかに、たのしく暮らしています。大皇帝はいわば大山です。それにくらべ、われらは山の麓の一本の青松にすぎませぬ。しかしアチェ・ギャサさまがチベットへいらっしゃったときには、善政を施行することを約束いたします。どうかよい返事をお願いいたします」

 皇帝は封書を読んで驚き、また喜びました。ガルにたいし、言いました。

「この件に関しては、朕から説明しておく必要があるだろう。わが娘は大事に育てられてきたゆえ、嫁に行くときも金菩薩によって守られることになる。それはチベット全体を守護することになるのだ。そなたはさっそくチベットにもどって、金菩薩とともにわが娘が住めるだけの、大きくて立派な宮殿が建てられるかどうかを問うていただきたい。できるなら、公主をチベットの王のもとに嫁がせよう。できないなら、このことはなかったことにする」

 ガル・トンツェンはまたうやうやしく一礼すると、言いました。

「皇帝さま、この封書をご覧になってください」と言って、ガルはふところから第二の封書を取り出し、差し出しました。

 皇帝は第二の封書をあけ、読み上げました。

「アチェ・ギャサさまがチベットにいらっしゃったならば、われは国民と一丸になって立派な神殿を建築し、宝の菩薩とともにアチェ・ギャサさまに住んでいただくことをお約束いたします。大皇帝さまのよい返事をお待ちしております」

 皇帝はあごひげをなでながら、思わずおほえみました。ガルが返答を待っていると、皇帝は言いました。

「朕が関心をもっているのは、チベットがよいところかどうかだ。そなたたちは苦心してチベットを宝の地に変える覚悟があるかどうかを聞きたい。もしできるなら、アチェ・ギャサを与えよう。できないなら、この話は……」

 このときガルワはすかさず第三の封書を差し出しました。皇帝はガルの話が終わるまで待てずに封書をあけ、読み上げました。

「アチェ・ギャサさまがチベットにいらっしゃったならば、われと百姓(ひゃうせい)はみな力をあわせ、汗を流すことをいとわず、穀物倉庫を穀物で満たし、宝庫を金銀で満たし、山は牛や羊で満たし、人馬は強くたくましくなり、食べものはおいしいものばかりになるようにつとめます。大皇帝さまのよい返事をお待ちしております」

 皇帝は三通の封書を何度も見て、まるでソンツェン・ガンポ王が遠くから見ているように的確だと称賛しました。チベットの国王はたいへんな才能をもっているので、アチェ・ギャサが嫁ぐに値すると考えたのでした。

 皇帝はすぐにガルの要望にこたえようとしたのですが、「いや、だめだ。それではほかの国の使者が納得しないだろう」と考えました。公平を期する必要があります。皇帝はガルに言いました。

「いま求婚の使者がたくさん国に来ているのだ。どの国の使者が聡明であるか、朕は識別しなければならない。そのあとに婚姻について話し合うことになる。チベットの王の誠意はよくわかった。しかしそなたはほかの国の使者をも納得させねばならない」

 ガル・トンツェンは言いました。

「皇帝さま、どうか難題をお出しください。わたくしがチベット人の知恵をお見せしましょう。そしてほかの国の使者を感嘆させましょう」

 それにたいし皇帝は言いました。「もしそなたが本気でそういうのなら、各国の使者に難題を課そうではないか。今日、あす、あさっての朝の鐘のあと、各国の使者にここにあつまってもらおう。そなたも時間に遅れぬように」

「時間は順守します。わたくしはほかの国の使者のうしろを行くつもりはございません。難題を解いて、前を行くつもりでございます」

 そうきっぱり述べると、ガルワは皇帝の前を辞しました。