チベットの理想郷を探して 

宮本神酒男 

 

円錐形の丘に立ち並ぶチベット寺院 

 一枚の絵から見ていただきましょう。とても素朴で、私にとって深い意味があっても、人によってはそれほど特別には見えないかもしれません。このあたりによく行かれるかたなら、これが円錐形の丘の上に立ち並ぶ寺院群の冬の景色であることに気づかれるでしょう。このように円錐形やもうすこし四角い丘の上、あるいは切り立った崖の端に寺院群が立ち並んでいたり、絶壁に洞窟寺院が嵌りこんでいたりするのは、西チベットの仏教寺院の風景の特徴のひとつです。

 はじめてチベットの美しい風景を見たとき、とめどなく涙が流れ出てきました。おおげさに言えば、いくつもの転生を経て、求めていたものにようやく出会えたかのよう感じたのです。天空に突き刺さるかのようにそびえるチベットの寺は、ずっと探し求めていた私の心の風景だと思いました。このラダックのチェムレ寺院(ドゥク派)もそのような風景のひとつに思えました。

 絵の作者はドイツ系(起源はスカンジナビア)ロシア人画家、ニコライ・レーリヒ(18741947)です。ロシア風にリョーリフと発音することもあります。ストラヴィンスキー『春の祭典』の舞台芸術で名を成し、そのあと探検家として中央アジアやチベットを探検しながら、数々の絵画の傑作を描きました。後年はお気に入りのインド北西部クル谷に住みました。

レーリヒはたんなる風景画家ではなく、魂をこめた絵を描く神秘家でした。夫人のエレナ・レーリヒもまた神智学協会と関係が深い神秘家でした。彼らはのちにアメリカに渡り、「文化版の赤十字をつくる」という旗印のもと、平和活動に励み、ニコライは二度もノーベル平和賞候補にノミネートされました。レーリヒの後援者のなかには、ルーズベルト大統領時代の副大統領で、大統領の座を狙っていたヘンリー・A・ウォレス(在位は19411945)がいました。皮肉なことに、ウォレスはレーリヒを「親愛なるグル」と呼ぶほど入れあげてしまったため、立候補からはずされてしまいました。(大統領選には出馬しています)

 レーリヒは文字通り世界をも動かすほどのオーラをもった人物でした。このチェムレ寺院をもとに描いたと思われる絵は、そんなオーラをもった人物が魂をこめて描いた絵だったのです。

 
ティクセ・ゴンパは円錐形ではないが、丘陵に君臨する似たタイプのチベット寺院である。

 レーリヒが強い関心を寄せていたモティーフのひとつはシャンバラでした。シャンバラとは、ジェームズ・ヒルトンの小説『失われた地平線』の理想郷シャングリラのもとになったといわれるチベットの理想郷のことです。最後のタントラ経典『カーラチャクラ(時輪経典)』はシャンバラで編集されたといわれています。カリ・ヨガの時代が終焉したあと、シャンバラの国王が救世主として現れ、野蛮な敵、ラロ人(イスラム教徒と推定される)を滅ぼすと信じられています。このシャンバラについてはまたあとで詳しく論じようと思います。


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