シャーマン僧

 マトゥ寺院の入り口 

 マトゥ寺院はあまり見栄えのしないサキャ派の寺ですが、ここの丘も力をもった聖なる場所です。冬、ナグラン祭を見るために来たとき、私は門の前で突然何かにとらえられたような、ひきずりこまれるような不思議な感覚をもちました。

 ナグラン祭は二日間おこなわれ、仮面舞踏(チャム)が行事の中心となります。マトゥ寺がほかの仮面舞踏と著しく異なるのは、墨で半裸の体中をまっ黒に塗ったロンツェンという名のふたりの神様の存在です。そう、神様なのです。彼らは数百年前、ふたりのサキャ派高僧が雲南の聖なるカワカポ(梅里雪山)からはるばるラダックに連れてきた神様なのです。私はマトゥ寺院のお坊さんと話しているとき、何気なく彼らをラパ(シャーマンを指す一般的な言葉)と呼んだところ、叱られてしまいました。ラパよりもはるかに高位のチューキョン(護法神)と呼ぶべきだったのでしょう。

 ロンツェンは刀を振り回しながら寺院の中庭を走り回り、自分の額や腕を切って血を流します。中庭で刀をもったロンツェンを取り囲む群衆のなかにまじっていたとき、私はまたもなにかにつかまれたような感覚に襲われました。

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「これはやばい、おれがロンツェンになったらどうするんだ!」 

 そう私は心の中で叫びました。シャーマンであるロンツェンを観察し、写真を撮るために来ているのに、自分が憑依されたのではシャレにならない。このときはなんとかこらえて、事なきをえました。

 数日後、私はマトゥ寺をもう一度訪ね、そこにいた若いお坊さんと談笑しました。しばらくはまったく気づかなかったのですが、この人のよさそうな青年僧こそ、あの体を塗りまくっていたロンツェンでした。憑依していないときは、まったくもって通常の僧侶だったのです。

何年かに一度、くじによって選ばれたふたりの僧侶はほかの人から離されてこもり、修練を積みます。このような隠棲生活から、どうやって神が憑依するシャーマン僧になるのか、どうしてもわかりません。いったいだれからシャーマンになる秘訣を教えてもらうのか、あるいは谷間のほうでこもった生活をすれば自然と身につくものなのか、判然としません。

彼らは数年(47年)ごとに交替します。任期を終えたロンツェンは普通の僧侶にもどり、二度と神がかることはないそうです。

 マトゥ寺院に入るとギンモが迎えてくれる 



ロンツェンはもともと聖なる山カワカポ(梅里雪山)の山神。サキャ派の高僧とともに大移動してきた 


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