時をかける猫とぼく  ロイド・アリグザンダー 

 

1 時の訪問者 

 ギャレスはオレンジ色の目をもつ黒猫だ。ときおり、背中を丸めて耳をおろしたときなどは、フクロウのように見える。からだをのばすと、ぽたぽた落ちる油か黒いシルクのパジャマのようだ。目を半分とじて、しっぽをからだに巻いて、窓枠にすわっている姿は秘密そのものって感じだ。

 猫の飼い主はジェイソンという名の少年だった。ジェイソンはギャレスが大好きで、この世でこの猫にできないことはないと信じていた。しだいに少年が信じていたことはまちがっていないことがわかってきた――すべてというわけではないけれど、ほぼすべてにおいて。

 それはこんなふうにはじまった。

 太陽がさんさんと輝く午後、ジェイソンはじぶんの部屋のなかのベッドのはしに、あごを両手に埋めたまますわっていた。この五分間のできごとが起きなければよかったのにと考えながら。

 この限られた時間、階下で、彼は以下のことをやってしまった。

 

1 ダイニングルームのテーブルにペンキをこぼした 

2 飛行機のプラモデルを落っことし、それを足で踏みつけた 

3 もしものときのためにとっておいた接着剤のチューブのふたがはずれ、上着のポケットの内側を糊づけしてしまった 

4 シャツが破れた 

5 笑いものにしてやろうと思って弟の脇腹にパンチを見舞った 

6 どうしてそんなむだなことするのと言う母に口答えした 

7 ガキじゃあるまいし、泣くなんてサイテーと思っていたのに、ベソかいた 

 

 ほかにもたくさん忘れてしまいたいこまかいことがあった。ともかく部屋にもどるよう言われたので、すっかり落ち込んで、みじめな気持ちになりながら、部屋に戻った。

 ジェイソンの枕の上でうつらうつらしていたギャレスは、少年が入ってくると、体を伸ばし、少年のひざの上にぴょんと乗った。ジェイソンは猫をなで、その指で猫の胸の白い印をまさぐった。白い印はT字のかたちをしていて、上の横棒から投げ縄のような輪が出ていた。

「ギャレスはラッキーだなあ」ジェイソンはため息をつきながら、目を閉じ、ベッドの上にあおむけになった。「ぼくも九つの生があったらなあ」

 するとゴロゴロのどを鳴らしていた猫がゴロゴロをやめた。

「ぼくだってそう思いますよ」と猫は言った。

 ジェイソンはびっくりして猫をじっと見た。驚いたのは猫がしゃべったからではなかった。猫はしゃべりたければ、いつでもしゃべれるだろうとジェイソンはいつでも考えていた。驚いたのは、ギャレスがしゃべった内容だ。

「それって、つまり、九つの生をもっていないということ?」ジェイソンはがっかりしながらたずねた。

「そうだと思います」猫は淡々と言った。「でもあなたがそう言うなら、特別に秘密を教えてあげましょう。ぼくはひとつしか生をもっていないんです。ただふつうとちがうのは、訪ねることができることなんです」

「訪ねる?」ジェイソンはきいた。

「そう、訪ねる」ギャレスはつづけた。「九つの異なる生を訪ねることができるんです。どこだって、いつだって、どの国だって、どの世紀だって訪ねることができるんです」

「すごいな、ギャレス」ジェイソンは手をたたいた。「猫ならだれでも訪問できるのかい」

「猫を探し回って、どうしても見つからないとき、猫がどこに行ったかご存知ですか」とガレスは答えた。「そしてからっぽの部屋に猫が突然あらわれたという経験はないですか。消えるのも突然です。猫がどこに行ったか、あなたには想像もできないでしょう」

「じゃあ猫はいつでもどんな国にも行くことができるんだね」ジェイソンはたずねた。

「いえ、いえ、それがわからないんです」ギャレスはこたえた。「ずっと待たなければなりません。いつその特別の機会がやってくるか知らないんです。観光客みたいに眺めているだけなんです。何か重要なきっかけができるまで待つのです」

「そのやりかた、いけてるね」ジェイソンはうなずいた。彼は猫の目をじっと見た。「その特別の機会というのはすぐにやってくるのかい」

「おそらくね」とギャレス。

「ギャレス、聞いて」ジェイソンは熱心な面持ちできいた。「もしその特別の機会がやってきて、ほかのだれかが、つまりギャレスの好きなだれかが行きたがったら、連れていってあげられるのかい」

 ギャレスはすぐに返事をしなかった。猫はだんだんフクロウのようになった。しばらく猫はフクロウのままだった。そしてようやく口をひらいた。

「できると思いますよ」

「それがぼくだとしても?」

 ギャレスはまただまりこくった。

「あなたを連れていくこともできますよ」ギャレスは一拍おいた。「でも警告しておかねばなりません。じぶんの身は、じぶんで守ってください。だれからも守られてはないのです。ふたりともだれにも守られていません。でもぼくはできるだけあなたを助けます。たがいに話すことは可能です。もっとも、だれもまわりにいないときにかぎりますが。そのことはさておき、いろんなことが起こります。でも途中で考えを変えないようにしてください。

 それから……そうそう、何があっても、片時もぼくからはなれないようにしてください。そうでなければ、二度と家に帰れなくなるかもしれません。もし条件を受け入れてくれるなら……」

「ギャレス、受け入れるよ!」

「ほんとに?」猫はたずねた。「じっくりと考えて」

 ジェイソンはうなずいた。

「覚悟はいいですか」猫は言った。「ぼくの目をまっすぐ見て」

 猫はジェイソンにおそろしくゆっくりとしたウィンクを送った。

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