アク・トンパ物語 (その他のエピソード2) 

遊牧民 

 

 多くのチベットの遊牧民は都のラサに行ったことがありません。彼らはラサへの旅が容易なものとは思っていません。なぜなら彼らの生活スタイルはラサの人々の生活スタイルとまったく異なっているからです。

 むかし、ふたりの隣人同士がマルコンを売るためにラサに行くことにしました。マルコンというのは、獣の生皮にバターを詰め、バスケットボールほどの大きな球状にして縫い合わせたものです。生皮が乾燥したとき、密封され、バターの新鮮さが長く保たれるようになっています。彼らはそれぞれが大きなマルコンを持って大都市ラサへ向かって出発したのです。

 数日間歩き続けて、夜、ようやくラサに到着しました。遊牧民はテントで生活しているので、着いた都市にもテントがたくさんあるのではないかと思い込んでいました。しかし彼らが目にしたのは三階建ての石造りの家々だったのです。

 途方に暮れたふたりはその場に立ち尽くしていました。そこへひとりの婦人がやってきて、住むところを探しているのかと尋ねました。彼らが自分たちのことを説明すると、婦人は自分の家の下の部分を貸してあげましょうと提案しました。

 ふたりは彼女の家に案内されました。はじめて見るタイプの家です。正面には階段があり、それは二階に通じていました。さらに驚いたことに、彼らが気がつかない間に婦人は二階に上がっていたのです。*訳注;階段がまだ新しいテクノロジーであった時代のことである。

 彼らがとまどっているとき、猫がたまたまやってきて、四つの脚を使って階段をすばやく登っていきました。ふたりのうちのひとりは、猫を見習って階段を登ることにしました。一方、もうひとりは猫が戻ってくるのを待って、それがどうやって降りるかを見ようと提案しました。

 しばらくして猫が駆けてきて四つの脚を使って階段を駆け下りました。ふたりは顔を見合わせて、満足げにうなずきあいました。猫のおかげで階段の登り方、下り方を学ぶことができたのです。

 ふたりのうちのひとりは階段を上がって女主人と話をすることにしました。彼は両手両足を使っていとも簡単に階段を登ることができました。しかし降りるとき、猫をまねて顔を下にして手を先に出し、足をあとから出したところ、階段を転げ落ちてしまいました。

 もうひとりはそれを見て、ずいぶんはやく降りられるんだな、とほめそやしました。地面に横たわったままのほうは、「顔から着地してもかまわないのならはやく降りられるよ」と言いました。

翌日、彼らは下町に行ってバターを売ることにしました。歩いていると、道端にたくさんのブタを見ました。彼らはこれまでブタを見たことがありませんでした。それは何か特別な生き物のように思えました。片方がもう片方に尋ねました。「こりゃ何という動物なんだ?」

 彼は肩をすくめて言いました。「わかんねえな。おめえは何だと思う?」

 相方はただただ驚き、推測しました。「たぶんあれだ、縮んだ象だな。でなきゃ大きいネズミだ」

「ブウブウ言ってるから、ヤクだろ。このへんはあったかいから、毛がなくなってしまったんではないかね」

 彼らが麦畑の中の道を進んでいくと、農民が置いていった鍬がありました。彼らは遊牧民なので、農作業に使う道具について一切知りませんでした。好奇心からひとりが鍬の刃を踏んでみました。すると柄の部分がはねあがって彼のひざを強く叩いたのです。彼らは鍬を一種の生きものだと考えました。邪魔された生き物が怒って彼の膝を蹴っ飛ばしたと思ったのです。彼らは恐ろしくなってあわてて走って逃げました。

 遅くなってしまったため、彼らは家に帰ることにしました。女主人は彼らのためにケロシン・ランプを用意していました。このようなランプを彼らは見たことがありませんでした。村の油を燃やすランプよりもはるかに明るかったのです。彼らは感銘を受けたので、このランプを買って帰りたいと考えるようになりました。

 翌日彼らはバターを売ってケロシン・ランプを買うために町に戻りました。しかしランプに相当する言葉の発音が訛りの強い地方から来た彼らにはむつかしかったので、店に行って口頭で説明することにしました。彼らは店に入り、尋ねました。

「夜には必要だけど、昼間には必要でないものを持っていらっしゃいますか」

 すると店主はこのふたりに侮辱されたと思い、外に追い出したのです。

 彼らは隣の店に入り、おなじような説明をしました。この店主もまた同様に彼らを追い出しました。とんだ辱めを受けたにもかかわらず、彼らはひるみませんでした。やっとある店の主人が笑いながら彼らを案内してくれました、売春宿に。店主はふたりがそれを探していると思ったのです。

 ふたりの無垢なる者たちは中に入って尋ねました。「お嬢さん、わたしたちは夜必要で昼間は必要ないものを探しているんですが、売ってもらえますか」

 売春婦はほほえみながらこたえました。「ええ、それでお金はいくら持っていますか」

「いや、お金はありません。バターと交換しようと思っておるのです」

 彼女はふたつのバターのかたまりを見て、これと性サービスの交換ならなかなかいい取引だと思いました。

 彼女は彼らを寝室に連れていき、ひとりひとりと性交渉をしました。彼女は彼らのバターをすべてもらいました。彼らは女といい時間を過ごすことができました。しかしもう売るものはなにもありません。彼らは村にから手で帰らなければなりませんでした。

 村ではふたりがバターと引き換えて何も持って帰ってこなかったと知って、みながっかりしました。さて、戻った最初の夜、ひとりが妻と性交渉しているとき、叫びました。「あのラサの女みたいに話してくれ! ラサの女みたいにキスしてくれ! ラサの女みたいにサービスしてくれ! あしたバターを持ってきてやろう!」

 遊牧民の家族はふだんひとつの大きなテントの中に住んでいます。だから妻と夫のためのプライバシー空間はあまりありませんでした。家族全員が耳をそばだてて聞いていたので、みな真相を知ることができました。ラサでバターと交換したのはアレだったのです。彼らはふたりそれぞれに飛びかかり、ボコボコに殴り、裸のまま凍てつく寒さの外におっぽり出しました。見るともうひとりも裸のまま追い出されていました。