死出の美学 トラジャの壮麗すぎる葬送儀礼

1部 死者の森 
1 絶壁の洞窟に眠る

 霊能者でなくても、霊をびしびしと感じるような場所がある。タナ・トラジャのサダン地方で崖墓を見たとき、これがそのような場所だと思った。崖墓と書いたが、崖の岩穴に並ぶ死者の群れに見えるのは、タウタウという死者に似せて作った人形である。遠くから眺めると、タウタウたちは行儀よく両手を前に出している。しかし下から見上げると、まるで天に向かって、何かを求めて手を伸ばしているように見えるのだ。

 洞窟墓と呼ばれるタイプの墓がある。崖墓のように遠くから眺めることはできず、近づいて鉄格子越しに見る。私は左の写真の洞窟墓を見て、中央のご婦人のタウタウのなまなましさに驚いた。喉のあたりを見て欲しい。皺の寄りかたが妙にリアルである。これが一日で作られた人形に見えるだろうか。このご婦人の右側に置かれた二体のタウタウのおぞましさにも、ギョッとした。しかしこれらのタウタウは観光客用に作られたのではないかと思った。

 その夜、夢を見た。おぞましいタウタウたちが、そのきれいだった頃の姿で登場し、ギコギコと動きながら、腕ももげそうになりながら、朽ち果てていくのである。たんなる夢にすぎないが、タウタウが観光用タウタウでないことは、たしかな気がした。

 タウタウは葬送儀礼のなかでも、重要な役割を持っている。(第2部の2と3の写真を参照)

 秋野晃司氏によれば、タウタウの作り方はつぎのようになる。

「この人形はブアギンの木を芯棒にし、その上に竹をかぶせ、顔の部分に布地を巻き、赤い布をかぶせて目、眉をつける。そして、長袖の黒い上着を着せ、サロンをはかせる。頭上には皿をのせ、その上に更紗の布を飾る。また腕輪、ビーズの飾り、噛みタバコ入れを取りつける。(故人が男性なら水牛の角をかぶせる)」

 秋野氏が報告する24日間の葬送儀礼の19日目の朝、トメバルン(葬儀祭司者)の指揮でタウタウを作る。こんな短時間で作れるものなのだろうか。私が見た葬送儀礼のタウタウは、故人の顔をおそらくかなり髣髴とさせているのではないかと思われた。

 日本でも、遺影ではなく、タウタウのような故人そっくりの人形を作ったらどうだろうかと思うことがある。香港などで、遺影を刷り込んだ墓を見かける。タウタウは遺影以上に遺族の心に存在しつづけるだろう。とはいってもあらたな生命を得た人間もどきも、すぐに終焉を迎えてしまう。故鳥越憲三郎氏によれば、葬儀の一年後に遺体がまとう布を取替え、そのときにタウタウの衣服も替えるという。しかし物質は滅び、いずれ人々の記憶から故人は消え去ってしまう。記憶する遺族もまたこの世の舞台から退場するだろうから。
 トラジャのあちこちに巨石群墓が残っている(第1章3)。古代遺跡ではなく、正確に言えば現在も故人を記念するために建てられることがある。おそらく祖先の仲間入りをし、無名の祖先として、永遠の生命を獲得することができるのだろう。