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すでに論じた「魂(ラ blala)は複数」という観念は、疑いなくチベットの民間信仰におけるこうした原始的な基層にまで遡るものであり、近隣諸民族の類似した概念と並べて考えることができる[訳注:トゥッチは「ボン教」とは別に「民間宗教」の章を設けている]。ここで取り上げる宗教がどのような歴史的状況下で発展したかを念頭に置けば、それらとの共通点や相違点がより明確になるだろう。当時のチベットはまだ政治的な統一には至っておらず、伝承によれば(そしてその伝承は間違いなく当時の実情を反映していると思われるが)、数多くの小国家や部族集団に分立していた。

12の「シルマ(sil ma)」、そして後には40の小国の王たちが、近隣諸国からの侵略の脅威に絶えずさらされ​​ながら、互いに争い合っていた[訳注:シルマはささやかな、取るに足らないという意味の形容詞。小邦をrGyal phran sil maという]。こうした地方の支配者たちはそれぞれ限られた地域を統治していたが、その地域は民族的に必ずしも均質ではなかった。彼らはその地域に自らの名を冠するか、あるいはその地域から名をとっていた。こうした小国家では、天界の祖先(多くの場合、山そのものの姿をとる)に系譜を遡る有力な一族が国を主導し、その祖先にまつわる儀式を執り行っていた。