土族やユグール族のケサルについて 

 土族の言語はモンゴル語族に属します。地域によっては、文化的にチベットの影響がきわめて大きく及ぼしています。民族の起源に関しては諸説あり、モンゴル起源の吐谷渾(とよくこん)説が有力ではありますが、実際はかなり複雑で、もっと後代に移住してきたモンゴル人の可能性もあります。
 興味深いのは、彼らの祖先がパンガル三兄弟ということです。この三兄弟はホル国の黄テント王、白テント王、黒テント王のことだそうです。つまりホル国は土族の先祖だったということになります。しかしケサル王物語のなかでは、ホル国はケサル王によって滅ぼされてしまうわけですから、この物語がこの地方の民衆に受け入れられるはずがありません。家によってはパンガル三兄弟の神像を祀っているところがあり、そういうところでケサル王物語が説唱されることはありません。一方で神像を祀っていない家があり、そこではだいじょうぶということです。おそらくケサル王物語は歴史的事実に基づいているわけではないので、純粋に娯楽作品として受け入れられたのではないでしょうか。
 王興先氏が青海省互助県で収集した『ケサル伝(ナムタル)』は、「アプラン創世史」「チョトン毀業史」「ケサル誕生史」「ドゥ・リン戦争史」「ホル・リン戦争史」「ジャン・リン戦争史」「ジャ・リン戦争史」「安定三界史」という8巻から成っています。
 歌の部分は基本的にチベット語で、わずかに土語(土族の言語)も混じっているといいます。語りの部分は土語(すなわちモンゴル語に近い言語)で、チベット語や漢語が混じっています。

 東部のユグール族(言語はウイグル語とおなじテュルク語の一種)のケサル物語は、チベット人のケサル物語と変わりません。その内容は、「英雄誕生」「競馬称王」「世界煙祭」「妖魔降伏」「ホル・リン戦争」「ジャン・リン戦争」「モン・リン戦争」「タジクとの戦い」「カチェとの戦い」「スンパとの戦い」「トゥルクとの戦い」「地獄救妻」「タジク牛の分配」「安定三界」「アク・タゲン史」「アク・トトン史」などです。
 歌の部分はチベット語で、語りの部分は東部ユグール語です。

 西部のユグール族は「ゲセル物語」を語っています。このゲセル物語に特徴的なのは、語りが多く、歌の部分がきわめて少ないことです。
 このゲセルはチベットのケサルとモンゴルのゲセル双方の影響を受けているといいます。形式としてはモンゴル・オイラート部のゲセル伝がもっとも近いといいます。