12 ワンネスの理解
マクナルティー 私たちが集団としてワンネスを理解していたら、世界はどのように見えるでしょうか?
ヴォーン=リー 信じられないほど美しいでしょうね。ワンネスは実際、二元性よりシンプルです。ワンネスは生命に属します。先住民に尋ねれば、彼らはすべてが一つであるということを決して疑わないでしょう。もし蝶に尋ねたなら、それは答えるでしょう、もちろん、一つの全体があると。わたしたちはこの基本的な背負名との結びつきを失ってしまったのです。十分に行き渡るほどあると私は固く信じています。今生きているように生きなければならないとは思いません。ワンネスはたんなる神秘的なアイデアではありません。それはとても実践的なものでもあるのです。人生は相互に関連したワンネスの網です。私たちはただそれをどう扱うかを学ばなければなりません。それゆえわたしはこのシリーズの最初の著書を「ワンネスをどう扱うか」と呼んだのです。
マクナルティー 実際われわれはそれを達成できるでしょうか。
ヴォーン=リー 残念なことに、私たちはワンネスの可能性に気づいていません。ワンネスの本質は有機的で非階層的です。私たちは階層的な権力構造の中で機能するように条件付けられてきました。私たちの意識がどのように条件付けられ、どのように視野が狭められてきたのか、実際には教えられていません。わたしたちには一部のものは見えます。しかしそれ以外のものは見えないのです。
たとえば西欧人がはじめてハワイへ行ったときの話があります。彼らは現地の人のことがまったく理解できませんでした。というのも、ハワイでは人の価値はいかに寛容であるか、いかに気前がいいかによりけりだったのです。白人の交易商人は人の価値はどれだけのものを保有しているかでした。だから生き方の違いを理解し合うことはなかったのです。
わたしたちはヨーロッパ人の移住者がいかに多くの土着民の知識を認識することに失敗したかわかりはじめています。ヨーロッパ人はそれを「野蛮なもの」とみなしたのです。たとえばオーストラリアのアボリジニーは社会構造と土地との精神的関係を何千年もの間発展させてきました。彼らはこうしてあきらかに彼らを歓迎しない環境と共生することができたのです。スペインの征服者たちはマヤの人々に属する宇宙論と時のサイクルの精神的理解を認識することができませんでした。そのため彼らは無限の価値があるライブラリーを破壊したのです。残念なことに、私たちは世界を見る際に、強く条件付けされた見方をします。私たちはこの二元論的な考え方、たとえば、私たちと環境は別であるという考え方の本質を見抜いています。まわりの自然と協調している人々の知恵、聖なる次元を理解している人々の知恵は、現代において、どうしても取り戻さないといけないものなのです。
マクナルティー つまり、ワンネスを実現できないのは、私たちの条件付けによるものなのですか。
ヴォーン=リー 分離と階層的な権力構造に属するこの視野の狭い条件付けから抜け出さない限り、私たちは個人または集団の進化の可能性、つまりワンネスに属する可能性を見ることはできないでしょう。わたしたちの考え方のせいで、多くの知識は現在アクセスできません。
スピリチュアルな道を歩むとき、最初に経験するプロセスの一つは、条件付けの解除です。自分の神聖な本質に目覚めるためには、自我の制約から自由になる必要があります。条件付けを解除しない限り、自己のより広い範囲を受け入れること、あるいは、その非常に異なる意識の質に従って生きる方法を理解することは非常に難しいでしょう。自分の神聖な本質を垣間見ると、競争心はもう働かなくなります。代わりに、他の人をサポートしたくなります。あなたは協力的になります。とはいってもあなたが善良な人になったということではありません。それは、物事のあり方、すべてがひとつになって相互に関連していること、そして何も私たちを隔てるものがないことに気づくからです。あなたは異なる生き方に目覚めるのです。
自分自身について考えるべきだという集団的な価値観にわたしたちは囲まれています。重要なのはエゴであり、いかにお金をもうけるかであり、どれだけ富を持っているかなのです。精神的な道を歩むとき、より少ないもので生きる方法を学びます。今はそれが良いからという理由だけでなく、より簡単なので、必要なものだけを持てばいいのです。所有物によってどれほど注意力が奪われるか、所有物によってどれほど人生へのエネルギーが減るかに気づいていません。なぜなら、所有物や蓄積したものはすべて、少しずつエネルギーを蓄えているからです。所有物がたくさんある場合、あなたのエネルギーの一部はそれらすべてに捕らわれています。
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