古代の伝統、グリモア 

 人類が書くことを知って以来、魔術的なものが書き記されてきた。

 長い歳月を生き抜いてきたもっとも古い例としては、数千年前の古代メソポタミアや古代エジプトの石板や護符、その他のものに記された呪文がある。

 聖書にも、魔術に関する記述が見いだされるものの、古い信仰を捨て、キリスト教の神に従うため、人々はその部分を燃やしてきた。しかし初期のキリスト教教会は大いなる影響を受け、キリスト教以前ほどおおっぴらにしていないものの、多くの人が魔術を実践し、オカルトのテーマの本を書き、読んできた。

 実際、キリスト教の勃興を広い意味での「魔術の終わり」と考えがちだが、ほとんどの人が認識している以上に異端と初期教会は共存していた。じつは中世のグリモアの書き手と読者はともに聖職者ではないかと論じられてきたのだ。

 印刷機が発明され、手近な存在になるにつれ、魔法の書は印刷され、より広く流布するようになった。同時に人々は印刷機を使わず、手動で刷ることも多かった。というのも、手製の魔術本は、実体のあるものとして、パワーを持っているとみなされたからである。

 しかしながら、印刷機によって魔術がより手近なものになる前に、ローマ・カトリックの異端審問がこれらの書を持つ人々を罰しはじめたのである。多くのヨーロッパの国々で魔女狩りがはじまり、魔術の本はことごとく廃棄され、生き残った本は注意深く秘匿された。いまやだれも魔術の書を持っていたくなかった。持っていたら、それだけで処刑されてしまうのだから! 

 つねに危険と隣り合わせであったにもかかわらず、魔術の書は19世紀後半までずっと刷られてきた。この時期になると、英国のオカルティストたちは、黄金の暁(あかつき)ヘルメス教団やオルド・テンプリ・オリエンティスといったさまざまな魔術教団を形成していた。

 これらの教団はできうるかぎりのオカルトの情報を集め、多くの古代の魔術の仕組みを研究し、彼らなりの魔術的儀礼の実践を発展させた。特別な実践の詳細は非会員には秘密にしていたものの、彼らがつくりだしたものは現代のウイッカの発展に多大なる影響を与えた。

 もちろん、この秘密の部分こそがウイッカのなかの、あるいはそれそのものの伝統となった。すべてというわけではないが、多くのカヴンや個々の実践者はその伝統を守っている。

 オカルティストが書いたり研究したりしたこれらの書がグリモアと呼ばれるようになったのは、19世紀のことだった。

 現代のグリモアの影響力ある初期の代表的作品とみなされるようになったのは、1801年に出版されたフランク・バレット著の『魔術師』だった。この書は古代や中世の文献から引用した魔術の理論や実践指南の集大成だった。バレットはこれによって彼の時代に魔術の実践がふたたびさかんになることを願った。

 彼は当時「モダンな」聴衆と呼ばれた人々によりアピールし、理解されるようにと、古い文献の材料を現代的にわかりやすく手直しし、修正した。影の書の個人化がはじまったといってもいいだろう。古い伝統から取り出し、それを自分のために使えるよう新しいものをつくるのである。

 ともかく18世紀、19世紀までには、グリモアはオカルトをテーマとする知識の集大成として理解されるようになった。それは、呪術の材料や儀礼行為、呪文を含むまじないの指南、神々やその他見えざるものの呼び出し、魔術のシンボル、占いの体系とテクニック、ハーブやクリスタル、貝、その他自然界の要素などを含んでいた。

 これらの書は一般的に、著者の個人体験を土台とし、もともとの素材に、さまざまな影響やさまざまな時期のものを混ぜたものだった。古典的なグリモアは上述のすべてを含んでいるかもしれないし、そうではないかもしれない。またここで述べていないほかのタイプの知識を含んでいるかもしれない。しかしこれらはグリモアと呼ばれるものの一般的なものなのである。

 たまたまグリモアという言葉はフランス語起源なのだが、実際のところ、もっと古く、ラテン語にまでさかのぼることができる。それは――言葉だけでなく――すべてのものを学ぶことを意味していた。古代ローマ帝国時代、学ぶべきテーマには、占星術や魔術のようなオカルトの知識が含まれていた。つまり魔術を学ぶために、グリモアは不可欠と考えられていた。

 当時、もし辞書でグリモアという言葉を調べたなら、それは呪文や呼び出しと書かれていただろう。悪魔の呼び出しと定義づけている辞書もあった。この定義は異なる光を彼らに当てることになった。

 重要なポイントだが、悪魔は悪しき霊を指すとはかぎらなかった。ある時代、それは魔術において手助けするために呼ばれた非人間的存在を指すニュートラルな言葉だった。しかしキリスト教が魔術を駆逐するようになると、悪魔という言葉はネガティブな意味を持つようになった。

 おそらくいつの日か、グリモアという言葉の定義も刷新されることだろう。いずれにしても、ウイッカンとしてあなたは、魔術書に自分ならではの名前を選ぶことができるだろう。