アガルタ 

7 ティムの新しい家族 


 ぼくはシアトルに戻ることに決めた。ある程度はスウェーデン人の心に新しい概念を植え付けることができた。ぼくはテロスについての記事を書くことに決め、カオスは大手の日刊紙にそれを載せる約束をした。

 唯一の生きている親族であるおばあちゃんのもとを去るのはとてもつらかった。彼女がテロスに来られるかどうかたずねてみると約束した。それが彼女の望みだったから。彼女はスウェーデンの精神性にうんざりしていた。それがあまりにも薄っぺらだったから。ぼくが心配していたのはティッチのことだ。飛行機では檻の中に入れられ、米国に着いたら検疫を受けることになる。マヌルならなんとかしてくれるかもと、ぼくは考えた。ともかくテロスにすぐ戻ることになるだろう。マヌルがあらわれると、ぼくはほっとした。これで問題解決だ。マヌルとティッチは靄の中に消えた。

 シアトルに着き、タクシーに飛び乗ったとき、自分がよそ者であると感じた。そしてテロスにそのまま戻るべきではないのではないかと思いはじめた。でも近しい友人たち、マシュー、ナンシー、エリノアに会いたかった。ナンシーはすでに赤ん坊を産んでいるかもしれなかった。幼児期を過ごした家に一か月滞在し、それから地球の内側に戻るのがいいと考えた。テロスにいきわたっている智慧をぼくは失いつつあった。スウェーデンもカナダも学ぶには十分ではなかった。シアトルはカナダにあるわけではないが、ほとんどカナダといってもいいようなところにあった。それで小さい頃からぼくは自分がカナダ人であると感じていたのだ。

 自宅の戻る前に、ぼくはマットとナンシーに電話した。彼らにスウェーデンとティッチのことを話したくてうずうずしていた。彼らの家の前に到着すると、ぼくはタクシーに待たなくてもいいと告げた。そこは徒歩でもわが家からそんなにかからなかった。手荷物もそんなに多くなかった。中の明かりがついていたので、ぼくはドアベルを鳴らした。まだ朝八時だった。でもナンシーがドアをあけるまでずいぶんと時間がかかった。目が赤く腫れていたので、泣いていたかのようだった。エリノアの姿は見えなかった。ナンシーはやせていたので、赤ん坊は生まれていたに違いなかった。

 ショッキングなニュースを聞かされた。マシューが死んだというのだ。自動車事故で亡くなったという。仕事からの帰り道、彼の車は酔っ払いの車にぶつけられた。彼の車はくるくる回り、溝に落っこちた。そして岩に激突したのである。すぐに彼は病院に運ばれたが、まもなく死亡が確認された。

 ナンシーはぼくの腕の中で泣いた。すべての愛をこめてぼくは彼女を慰めようとした。ぼくたちが坐ってマットの思い出話をしているとき、はだしで、パジャマ姿のエリノアが音をたてて二階から降りてきた。彼女もぼくの腕の中に飛び込んで泣きじゃくった。「パパが死んじゃった。もうパパはいない。パパがほしい。あたしのパパになって!」

 ナンシーはなんとかエリノアを落ち着かせようとした。最後には四歳の女の子をベッドまで連れていくことができた。ベッドの横にはゆりかごがあり、その上に人形がひとつ置いてあった。現実の赤ん坊は早産で、生き残ることができなかった。それはマットの死の直後のことだった。だから家族のメンバーふたりを悼まなければならなかった。ナンシーが階下に降りていくと、エリノアはぼくの耳元でささやいた。「パパがすぐに死ぬのがわかってた。ティムとあたしとママが花いっぱい持ってどこかに引っ越すのも見えた」

 驚いたのなんのって。マットの家族を連れてテロスへ行くのか? 実際そのようになったし、ほかにも驚くことがあった。親戚からひとり、テロスに連れていくことになったのである。

 ぼくはおばあちゃんに電話して、自分が元気であること、そしてすぐに地球内部の世界に旅立つ予定であることを伝えた。おばあちゃんはほとんど卒倒するところだった。前回の超心理学の友人たちとの会合のあと、彼女は脅迫を受けていた。友人たちが興味を持つのではないかと考え、ぼくとテロスのことを彼らに話していた。ある正体不明の人物がまぎれこんでいて、彼女らの論議を聞いて戦慄した。彼女は大量のヘイトメールを受け取り、殺害予告までもらった。警察に行くべきだったろうが、警察はすぐに動いてくれそうもなかった。彼女はぼくとマットの未亡人とともに行くべきだろうか。

 ぼくはマヌルに通常のアドバイスを求めた。もちろんきみのおばあちゃんはテロスで歓迎されるよ、と彼は楽しそうにこたえた。

 ぼくはおばあちゃんに電話し、荷物をまとめてできるだけ早いフライトでシアトルに来てくれるよう頼んだ。トラックがいっぱいになるほどの荷物といっしょにぼくの家の玄関のベルを鳴らしたのは、それからまもなくのことだった。

 シャスタ山までの旅は容易ではなかった。しかし地下のワンダーランドへつながる隠れたエントランスでマヌルを見たときは、報われたと感じた。彼はティッチを連れていた。彼の気のきいた歓迎にぼくは喜びで文字通りはじけ飛びそうだった。

 エリノアとティッチはすぐに恋に落ちた。ティッチはぼくらの生活のいかなるときにおいても慰めとなる「輝く黒い毛並み」になった。ワンダーランドへいっしょに行こうと誘ったとき、ナンシーはこのうえなく喜んだ。しかし出発する前に組織立てることがたくさんあった。

 スウェーデンとシアトルの旅の前に、ぼくは外部の世界を遮断しなければならなかった。いまから話そうとしていることは、純粋にアガルタに関することである。


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