アガルタ 

20 ペットを飼う目的 

 

 ぼくたちは目を覚まされた。ティッチがあえぎながら必死に引っ掻いていたからだ。この驚くべき地の文化を知るつぎの段階に入ったようだ。朝食のとき突然ぼくはある考えにとらわれた。そして途方に暮れた。

「シシーラ! きみの両親はどうしたの?」ぼくは忙しくパンを砕いていた彼女の手を取りながら唐突にたずねた。

「両親がどうかしたの?」パンを口に入れながら彼女は言った。

「きみの両親はとっくに死んだものとばかり思っていた」とぼくは言った。「両親についてきみは話したことがなかったんだもの。もし生きているなら、ぼくたちの愛のユニオンに招待しなくちゃ。だれか近親の人はいるの?」

「このことについて話すのを忘れてたわ」妻はこたえた。「両親は五次元の世界に住んでいるの。それはとても遠いところ。両親はわたしたちの結びつきを知っているし、承認ももらっているわ。これまでのところあなたには三次元しか見えていない。もし両親が来てもあなたは気づかなかったでしょう。わたしには姉妹と兄弟がひとりずついます。彼らも五次元に住んでいるけど、あなたが準備できれば会うことができます。しばらくの間テロスに住んでいたとき、わたしは境界を超えました。三次元に来るのははじめてではありませんでした。そのときわたしは人間が好きになり、彼らを教育するのを助けようと思ったのです。いま、わたしは人間のひとりと結婚しています。あなたはそのうち五次元のものになるでしょうけど」

「ほんとにいま、よくわからないのだけど」ぼくはため息をついた。「もしきみが五次元に属するなら、ぼくにはきみが見えないはずだ。テロスには二種類あることを知ってはいるけど……」

「五次元の存在が好きなときに変身できる容量を持っていることを知っているでしょう」妻がさえぎって言った。

「でも、もし子どもができたら」ぼくは強く言った。「彼らはどうなるの? ハーフってことになるの?」

 シシーラの鳴り響く笑い声がぼくの懸念を払拭した。

「学ぶことはたくさんあるのね」やじるように彼女は言った。「でもまだあなたにはわからないことがたくさんある……」彼女はテーブルから離れると、ぼくを従えて踊りながらガーデンのほうへ向かった。そこにはマヌルがいた。

「ちょうどおしどり夫婦のきみたちのところを訪ねようとしていたところだ」彼はほほえみながら言った。「アーニエルがティム、きみに会いたがっているよ。覚えているかい?」 

 ぼくは忘れていたので、困惑してしまった。マヌルはこの美しい朝、置いていかないといけないことをシシーリャに謝罪した。ぼくは五次元の人間になるために何をまなべばいいのだろうか、などと興奮しながら、ホバークラフトに乗り込んだ。

「まだだ」あきらかにぼくの思考を読んだマヌルは言った。「そんなに遠い話じゃない。でもその前にやるべきことがある」

「次元に関する話だけど」ぼくは言いはじめた。

「それはとても複雑なんだ」友人はぼくの言葉を受けついだ。

「着いたようだね」ぼくは機体から外に出た。ティッチは自ら進んでシシーラと残ることにしたので、いっしょにはいなかった。犬は彼女とガーデンが大好きだった。彼女も犬と遊ぶのが大好きだった。

 ほかの多くの建築物と同様、目の前にある建築物も宝石だらけだった。インテリアも独創的なパターンの黄金やほかの貴金属で輝いていた。アーニエルは安楽なアームチェアに坐り、ぼくたちにも坐るよう手招きした。

「ティム、いまやきみはアガルタ社会の重要なメンバーだ」彼はにっこり笑った。「きみはオリジナルの住人の娘と結婚したんだ。わたしたちはとても喜んでいるし、祝賀ムードでいっぱいだ。ただ遺伝的な不釣り合いがあることを言っておかなければならない。シシーラはきみより多くの遺伝子を持っているんだ。きみはネイティブと結婚した。だからそのいくらかをきみに移植することになるだろう。同時にきみには特別な大使として地上へ行ってもらうことになる。両方をおこなうことは可能だ。地上にきみのような人が必要なんだ。家族があり、成長を見守るきみには、以前とは物事が異なっているかもしれない。テレパシーやほかの魔術的トリック――まあ、そう呼んでおこう――についてきみはもっと学ぶ必要がある。きみがほんとうにわれわれの一員になるまで、このことは放っておいたんだ。マヌルが毎日きみのところにやってくる。いろいろなロケーションで授業がおこなわれることになる。あすから開始だ。これがわたしのメッセージだ」

 ぼくはとてもうれしかった。シシーラにとってもそうだ。

 四重の祝祭だ。おばあちゃんとレックスが地上スタイルのパーティを催してくれた。わがかわいいティッチも招待された。金の飾りボタンとバラ結びがついた大きな赤い首輪をつけたときは特別な何かがおこなわれていることを、この犬は知っていた。これまでのところ、ほかに犬のペットは見たことがなかった。理由はわからなかった。この世界のペットについてもっと知ろうと考えた。

 アガルタでは朝と夜の区別がつかなかった。太陽はいつも輝いていた。一日をどのように区分するかは自分たち自身で決めていた。必要と感じたときが睡眠の時間だった。多くの人が地上とおなじように決まった時間割をキープしていた。ぼくたちは急ぎ足でおばあちゃんとレックスのところへ向かった。ぼくたちは、いまは夜だと決めた。実際のところ、ぼくたちは地上から少しだけ上を浮揚して進んでいたのだが。ぼくたちはこのやり方を学んできた。だから聞いたほどには異様なことではなかった。このようにすることで、ぼくたちは植物を殺さずにすんだ。

 おばあちゃんはできるかぎりスウェーデンのバイキング方式でパーティをやりたかった。スウェーデン人はバイキング方式をこよなく愛し、海外でもこの方式にこだわった。おばあちゃんはほかにも自分の好みを通した。クリスプ・パン、ジンジャー・クラッカー、ドライ・ミートなど好みのものを取りそろえた。あとシュナップス(蒸留酒)とビールがなかったけれど、テロス産のワインがあった。

 マヌルも招待された。しかし盛りだくさんのテーブルを見て何か混乱しているようにも見えた。彼はおもにテロス産の野菜を食べていた。ティッチには肉付きの骨が与えられた。犬は喜んではしゃぎ踊った。

「ぼくはこの機会に質問をしたいと思います」とのくは言った。ぼくたちは外に出て花々や枝葉に囲まれて坐っていた。ブドウが成長して屋根のようにぼくたちを覆っていた。あたたかい地面から香りが漂ってきて、ぼくたちはうっとりとした。「ここでは人々は犬を飼っていますか? それとも地上の東洋の国みたいに不潔なものだと考えられているのですか?」 

「心配することはありませんよ」マヌルはにっこりと笑った。「ここにはあらゆる種類のペットがいます。でもここではあなたみたいに外に連れて散歩をするということがないのです。われわれは歩いているときでさえ、目的を持っています。だからペットを連れで出るのはむつかしいのです。必要なとき、われわれは猫や犬をセラピー用に利用します。あそこを見てください」彼は手をあげ、ブドウの屋根を指した。「ヒーリング用の猫や犬、馬がいます。この治療法を用いないヒーラーはここにはいないのです。だから動物をきれいに保ち、彼らの知性を磨くのは重要なことなのです。好き勝手に走り回るのは禁止されています。これであなたの質問に答えたことになりますか?」

 ティッチがぼくの腕に鼻をこすりつけてきたとき、ぼくは体を撫でてやった。あきらかに犬は匂っていた。「このことを学んでいなかったなんて、ちょっと恥ずかしいな」ぼくは思わず吐露してしまった。

 マヌルはいつも以上ににこりと笑った。「ティッチはいますべてを学んでいるところですよ。あすティッチは野外研修旅行に参加することになります。あなたと同時に学んでいるのです」

 これはとてもいいことだとぼくは思った。謎めいてはいるけれど。自分の犬といっしょにぼくは学んでいるのだ。それはなんだか奇妙なことだった。

                                                   


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