アガルタ
22 信仰の神殿とメルキセデクとの出会い
「わたしたちはきのう宗教について話しました。あなたのおばあちゃんがその話をしたがったのでね」ホバークラフトが中央に小さな建物がある円形のガーデンに着いたとき、マヌルはそう言った。下に降りると、ティッチはたくさんの巨大な藪(やぶ)に興味を持ったようで、鼻をクンクンさせた。小さな丸い建築物はほかの建築物と大差なかったが、とびきり美しく、宝石によってなされた紋様で装飾されていた。
「これは神殿です」とマヌルは言った。「わたしたちには地上のようなさまざまな信仰の教会も祭司もありません。しかし小さな神殿ならあります。そこで祭司や女祭司は神への橋渡し役をするのです。聖なる力があります。ここではその力を感じるのです。もし感じなかったとしたら、すぐにそれを発見します。さあいっしょに来て!」
ぼくは長い金髪の友人のあとから早足で丸い建築物へ入った。開かれた屋根から大きな光線が射していた。それがどこから来るのかわからなかった。
ぼくはマヌルとおなじようにひざまずいた。それが正しいように感じられた。ぼくは光に取り囲まれた。そのやさしいぬくもりに包まれ、緊張やよからぬ考えは溶けて消えていった。ぼくは光であり、光はぼくだった。ちょっとしたいかした考え方というのではなかった。それは真実だった。存在は文字通り光でできた存在だった。
眠っていたのか、幻影を見ていたのかわからなかった。ぼくはひざまずいて光に敬意を払った。そして目を閉じた。目を開けると、ぼくは大きな光線の前のやわらかいソファに坐っていた。声はそこからやってきた。ぼくは震えた。鳥肌が立っていた。なんという聖なる存在……。
「人間よ、人間の子どもたちよ! 美しい静かな地球に、偉大なる家族の一員として、あなたのためにすばらしい存在は創られた。あなたはともに働き、食べ、飲み、寝た。そして人生は楽しみであり、美であり、愛だった。とりわけ、愛。
これは比較的長くはつづかなかった。暗闇が勢いを得て、光がほとんど死滅しかけたとき、あなたは盲目になることを受け入れた。愛の生活を受け入れた。疑うこともなく、侵害する暗闇を受け入れた。
あなたは、物事はあるようにあるべきだと信じた。これは新しい生活スタイルとなり、外部の影響と暗い行いを助長した。さまざまな方法で暗闇はあなたの心に忍び寄り、しばしば光を装った。あなたは宗教をたくさんつくったが、これは不必要だった。なぜなら神はひとつだから。神、すなわち神の意識。
あなたはこの神に多くの装いを与えた。浜辺の無数の砂ほどに。
あなたは頭脳を刺激する神秘主義にあふれた宗教を選んだと、あるいは受け継いだと信じた。あなたは疑問に思うことさえない。
あなたは自分が仕掛けた罠にかかった。そして妬み、そねみに鼓舞されて戦いを挑んだ。黄金のマモン(富)はすべてのインスピレーションの根源である」
「こうしたことはすべて変わりつつあるんじゃないですか」とぼくは反論した。「新しい時代のための新しい信仰はひとりのリーダーのもとにあるんじゃないですか。至高の根源に導くのは内なる神ではないですか」
「よく言った、ティモシー! 進歩してるね」声はとてもうれしそうで、友好的だった。マヌルはやさしくぼくの肩をたたいた。
「ティム、きみは正式にわれわれの一員だ」彼はささやいた。「きみはすでに聖なる者たちのひとりに会っているんだ」
「ここにも彼らがいるんですか」ぼくは驚いてたずねた。「地上とおなじようにここにも聖なる者がいるなんて考えもしなかった」
「いや、いないよ」マヌルは若干攻撃的だった。「ここはヘルプ・センターだ。われわれの神殿は助けとサポートを必要とするすべての人を歓迎する。祭司と女祭司はとても賢く、高度に発展した存在だ。彼らはメンタルの問題だけでなくさまざまなものを治療することができる。地下世界のあらゆるところにこのようなセンターがあるんだ。きみたちもこうしたヘルプ・センターを持つべきだ」
「でもぼくはもう地上の人間ではありません」ぼくはさえぎって言った。「たしかにこのヘルプ・センターは地上にもあったらとても有用ですけど。このような神殿があることを知ってよかったです」
「みんなここに集まって来ます」マヌルはこたえた。「パーティのため、歌うため、ダンスをするため、さまざまな出会いのために来ます。神殿はそれを必要とする人々を保護し、避難所の役割を果たします。そのほか、あらゆる用途に使われます。しかしお金はいっさいかかりませんよ」この最後の一節を強調しながら、彼の笑い声が響き渡った。
ホバークラフトの外で尾をピンと立て、ゆっくりと静かにやぶからやぶへと進んでいたのはティッチだった。奇妙な家からぼくたちが現れると、喜びのあまり犬はわんわんと吠えたてた。旅はつづいた。
ぼくたちは巨大な円形劇場の入り口でホバークラフトから降り立った。入り口の階段は下方の卵型のステージへとつづいていた。これはローマのコロシアムだろうとぼくは考えた。ステージ上には大きな卵型のテーブルがあった。まわりには12人の男女が坐っていた。彼らがテロスの12人委員会であることがわかった。
「さあ、行って彼らと会ってみよう」マヌルは熱心に誘った。
「彼らの邪魔はしたくないよ」ぼくは自分と関係のないことで調査を終わりにしたくなかった。
「邪魔はしないよ! ティム、さあ、おいで! ティッチも!」彼は急いで階段の丸い踊り場を降りていった。ぼくはいぶかしく思いながらついていった。ティッチはすべてのものを忙しそうに嗅ぎまわっていた。
ステージに到着すると、ひとりが起き上がり、マヌルを抱擁し、ついでぼくを抱擁した。それはサンジェルマンだった。彼はティッチも軽くなでた。「ようこそ、ティム! わたしの横に坐りたまえ。そしてこの社会のことについて、また沸き起こるここの問題について学んでほしい」
ぼくはテーブルをよく見た。サンジェルマンはこの人々がだれであるか、どんな職務を担っているか説明した。そこには6人の男と6人の女がいた。
「男女平等なんですね」とぼくは言った。「地上ではありえませんね」
「ここでは男女の権利はまったくおなじだ」サンジェルマンはこたえた。「委員会は可能な犯罪について論議し、決定をする。犯罪はまれだけどね。隣人同士の争い、これもまれだけど、食べ物の問題、新しい栄養のアイデアなどとあわせて論じる。そしてもちろんわれわれの永遠の課題、つまり地球の表面のこと、またどうやって彼らを助けることができるかについて論じる。地上ではたいへんなことが起きようとしているのだ」彼は空を指さした。「地上の人類にすぐに変化がやってくるだろう。彼らは傷ついた地球を手荒に扱ってきた。ダメージは地球内部のここでさえあきらかだ。われわれはもうそれを放っておくわけにはいかない。しかしだれが風をコントロールすることができるだろうか」
「だれにもできません。ですから人類の怠慢と無知のために物事が悪くなる前に、何かがなされなければなりません」ひとりの女がそう言った。彼女は中年で、背が高く、髪は黒かった。そして美しかった。彼女はレディ・ナダと呼ばれた。
「わたしはずっと昔地上に住んでいました」と彼女はつづけた。「当時、歌うことはたいへん重要な経験でした。そしてさまざまな声にたいしてたくさんのジャンルがありました。いま、歌うことは絶え間ない調子はずれの金切り声のようなものです。メロディもありません。
わたしたちのようにトレーニングを積む歌手はほとんどいません。地上で演奏される音楽は地球にダメージを与えています。それは音楽を聴く人々にも、調和のエネルギーにもダメージを与えます。音楽はすばらしいものです。しかしハーモニーがなければそれは破壊的なのです。これらの変化に協力したいと思っています。天球の音楽は母なる地球に返されるべきでしょう」
この考えに賛同する人もあり、拍手が起こった。
「たいへんな変化にはあなたの仕事も含まれるのだよ、親愛なるレディ・ナダ」と男の声が言った。「わたしはメルキゼデク、王の中の王である。この人類たちにいろいろと意味を教えようと考えている。よいマナーとポジティブ・シンキング!」
男は信じがたいほど印象的だった。背が高く、たくましく、それでいて柔軟性があった。長くて波打つ黒髪の持ち主で、目は輝き、魅惑的だった。瞳は茶色で、金色の斑点があった。顔立ちはすっきりとして整い、強さと愛を放っていた。彼の外見にはいくらか先住民の要素が混じっていた。彼の笑みは信じがたいほど輝き、友好的だった。彼がほほえむと、あなたもついほほえんでしまう。そして仲間になってほほえむことが楽しくてたまらなくなるのだ。
「いま、アガルタでの会合のほとんどは、地上の隣人たちをいかに助けるかについて話し合うためのものだ」とサンジェルマンは話しはじめた。「この若者は」彼はぼくを指しながら言った。「われわれを助けてくれるだろう。ここに長くいるわけではないが、われらのシシーリャと結婚したばかりである」。だれもが祝福の言葉を投げかけ、ぼくの顔からは火が出そうだった。
その場を救ってくれたのはマヌルだった。「われわれは飛行場に着いたようだ」と彼は大きな声で言った。「もっと詳しいことは後日ってことでどうかな?」
ぼくたちはこの著名な会合にたいして敬意を表し、深々と頭を下げた。そしてぼくとマヌルはその場を離れたが、ティッチは残った。犬はそれぞれの足元で匂いを嗅ぎ、撫でられては舐め返しながら、テーブルをゆっくりと回った。そしてぼくたちのところにやってきて坐った。それはもう行っても大丈夫という意思表示だった。その振る舞いは称賛に価した。
忠実な(あるいはプログラム通りの)ホバークラフトはぼくたちを待っていた。ぼくはいささか委員会とのやりとりに疲れを感じていた。マヌルもまたつづきは翌日に、と提案してくれた。こうしてぼくは待ちわびている妻のもとに戻った。