2章 チベット占星術の源泉 

 

 チベット占星術の源泉はたくさんあるが、そのなかでも顕著な4つの主流はボン教、中国古代占星術、インド占星術、そして仏教のカーラチャクラ・タントラである。

 

ボン教 

 チベットの古代ボン教はいくつにも枝分かれし、さまざまな段階に発展した。ボン教の伝承によれば、ボン教の起源地は開祖のシェンラブ・ミウォの生地でもあった。シェンラブ・ミウォが奇跡的に生まれたとされるオルモルンリンは、タジク、すなわちペルシアだとする者もいれば、シャンシュン王国に比定する者もいる。タジクかシャンシュンかはともかくとして、ボン教はシャンシュン文化が伝播することによって、仏教が到達する前にチベットに広がっていた。チベットでは、ボン教とともに古代呪術や民間信仰、いわゆる「名無しの宗教」が盛んになっていた。そしてそれは「組織化されたボン教」に形を変えていった。

当時、二つのタイプの祭司(プリースト)がいた。シェンとボンである。その教えには王室の儀礼や卜占、占星術の方法、繁栄や長寿、治癒、悪魔祓いの儀礼などが含まれていた。ほかにも、現在の仏教のなかにも見出されるゾクチェンのような精神的な教えも含まれていた。

 仏教がチベットに導入されたとき、禁止令によって圧力が強まるなか、生き延びるためにボン教は多くの仏教的要素を取り込まなければならなかった。この変身はとてもうまくいったので、今日、ボン教はラマ教の一種とみなされるほど仏教化した、いわゆるギュル・ボン(変化したボン教)となった。

 現代のボン教には僧院組織、テキストとなる経典があり、チベット仏教ニンマ派が用いる規範とよく似た9乗の修練階梯を実践する。しかしながら実際に一致するのは修行やタントラ、ゾクチェンに関する乗だけである。仏教とボン教との間には、間違いなく相互の影響があったのであり、どちらかがどちらかに一方的に影響を与えたのではない。ボン教の至高なる教えがすべて仏教から拝借されていると考えるのはばかげている。

 ボン教は占星術をきわめて重要なものとみなしてきた。第1乗の「予言のシェンの乗」(Chag Shen gyi Thekpa)では、占星術は他の卜占の方法と関連づけられ、しばしば人間の命を脅かすネガティブな力を除去するための儀礼に用いられた。それはまた医療の診断にも使われた。

 デイヴィッド・スネルグローブによって一部訳されたボン経典「ズィジ」によると、この乗では4つの方法が用いられている。すなわち卜占(モ mo)、占星術的計算(ツィ tsi)、儀礼(ト to)、そして診断(チェ che)。占星術に関しは以下の通り。

 

占星術的計算には4種類ある。魔術的ホロスコープの鏡。パルカ(卦)とメワ(九色の魔法陣)の円。元素の時の輪(カーラチャクラ)。ジュシャク法による相互依存の計算。

 

 これらの方法のなかでメワとパルカは中国起源であり、以下に示すように、中国とチベットにおいてジュンツィ占星術(五行算 ’byung rtsi)として発達した。60年周期のメワからは180年大周期のメテン(sme phreng)が生まれた。ボン教徒はこの周期を用いて年代を表示してきた。メテン周期のはじまりは祖師シェンラブ・ミウォの生まれた年だという。

 活力を強め、運気を改め、成功を得るため、風馬(ルンタ)や、彩色の糸を巻き、元素の力の再バランスを取るナムカ(nam mkha’ 文字通りに訳せば「虚空」。スピリチュアルな小道具)を用いたドゥ儀礼など、のちに仏教が採用するボン教の古代儀礼のなかに元素の占星術の重要性をわれわれは見出すことができる。

 ボン教の宇宙創成神話にはさまざまなバリエーションがあるが、二つの点がつねに共通している。宇宙卵から創世がはじまっていること、それと創世が二元論的であることである。宇宙は聖なる光の世界と悪魔の暗黒の世界からはじまっているのだ。この二元論創世神話がペルシアのマズダ教の影響を受けているのはあきらかである。そしてボン教を通じてメソポタミアの占星術がチベットにやってきたと推定することができる。

 世界の中心にある宇宙軸というべき山はティセ山(カイラース山)である。ここは天国と地獄が接する場所であり、その頂上には天界の梯子ナムタク(nam thag)がある。これは最初の国王たちの「天縄」(ムタクrmu thag)を連想させる。ここにはまた360のゲクー(ge khod)の神々が居住している。これは月暦の360日を象徴している。*天縄が断たれるまで初期の国王たちは天界と地上を行き来することができた。ムタクのムは天を表す。天はチベット語でナムだが、シャンシュン語を含むチベット・ビルマ語の大半ではムである。麗江地区を支配した、天崇拝で知られるナシ族の木(ム)氏は、いわば天氏だった。

 聖なる王宮は正方形で、四方を表す4つの扉がついている。これらの扉は白い虎(東)、亀(北)、赤い鳥(西)、青龍(南)の四方の神々によって警護されている。ここには中国の影響が認められるだろう。

 360のゲクー神もまた、小さなヒモの束を用いるボン教の卜占法、ジュティクと関係がある。これは非常に重要な神バルチェン・ゲクーの従者を表している。バルチェン・ゲクーは9つの頭、18の腕を持ち、身体は黄色で、顔は憤怒相である。鷲のキュン(ガルダ)が頭の上を飛びまわり、卍のしるしが入った剣を持っている。彼は8匹の蛇の上に坐り、人や悪魔の皮を衣として着ている。腰には5匹の毒蛇のベルトを巻き、8柱のマハーデーヴァ(大神)から成る冠をかぶっている。彼のシンボルは8つの惑星であり、28の月の家(宿)は衣である。彼は時間と三つの世界(三世)の存在を支配しているので、ボン教占星術の最高神と目され、仏教徒のカーラチャクラ、ヒンドゥー教徒のシヴァと同等と考えられる。

 ボン教は重要な文化要素を初期段階のチベット占星術にもたらしただけでなく、飛躍的に発展させる役目を果たした。