占星術の場所と役目 

 さらなる議論の光を当てることによって、占星術が見かけの現実の領域を扱っていることが明らかになるだろう。これがまた前章で引用された『パドマ・タンイク』(蓮華遺教)の伝説の意味である。
 中国で究極的な真実を教えることができなかったので、ブッダはマンジュシュリー(文殊菩薩)に占星術、すなわち相対的真実の科学によって、人々の心を覚醒させるようにと言った。不運なことに、人々は計算と予言の罠にはまり、霊性のなかに閉じ込められてしまった。この話は占星術の限界を示している。それは、多くのより次元の高い教えに通じる扉が開かれているものの、長居をしすぎるとそれ自体が罠になる、そして究極への道が閉ざされてしまうということだ。

 この危険性があるゆえに、マンジュシュリーは占星術を人間から遠ざけ、その書物を隠すことにした。何事も見通すことができなくなり、人生のさまざまな困難を前にして盲目で、無力になってしまった生きるものたちは、無数の病気に苛まれるようになった。占星術だけがこれらの災難から救うことができたので、それは人間のもとに返された。そのとき以来、人間は占星術をうまく使えるようになった。

 占星術は手段であって、目的ではない。時間のサイクルを計算し、その意味をあきらかにし、できごとを予見する。この知識で武装し、人類は苦悩を避けたり、減じたりする容量を持つのだ。このことは集合的なレベルにも、個人のレベルにも適用できる。占星術は苦悩と不確かさ――これらはサムサーラをさまよう人類の命運だが――を減じるための実践的な修練である。占星術師にとっての確かな動機は慈悲の心にほかならない。それがなかったなら、占星術は標準的な修行のレベルに落ちてしまうだろう。

 時間の科学として、占星術の原則的な教義の基礎となるのは、因果律の、言い換えるなら、カルマと相互依存の関係性(縁起)という相対的存在の二つの主要なメカニズムの、完全なる理解である。