おかしな翻訳、微妙な翻訳
ボストン北郊の魔女裁判で有名な町セイラムに、サマンサとダーリンは行く。町の名はなぜかサレムになっている。セイラム港は日本の明治時代初期、すでによく知られていた。ペリー艦隊もここを出港していたのである。明治時代の日本人は読み方がわからず、サレムと読み慣わしていたのかもしれない。
セイラムの民俗博物館でサマンサは展示されている古い「こたつ」につきまとわれる。「こたつ」とはへんな訳で、ベッドウォーマーのことである。三百年前のヨーロッパやアメリカでは、ベッドウォーマーの取っ手の先の容器に燃えさしや熱い砂を入れ、ベッドを温めるのに使用していたのである。「こたつ」はある魔女(じつはいとこのセリーナ)によって姿を変えさせられた三百年前の男だった。
シーズン5エピソード27「猛烈パパ登場(Daddy Does His Thing)」ではサマンサの父モーリスがダーリンを「ロバ」に変える。ロバにしては大きすぎるのだが、もとの映像を見ると、ジャッカス(雄ロバ)と呼んでいる。ドンキー、ジャッカス、ミュールの区別は日本人にはむつかしい。[撮影中にディック・ヨークが倒れ、病院に運ばれた]
シーズン7エピソード28「ダーリンのママも魔女?(Samantha and the Antique Doll)でサマンサの義父がラバに変えられるが、ここではラバ(mule)と呼ばれている。たしかにドンキーよりはるかに大きく、ジャッカスよりも大きい。個人的には、私にとってもっともなじみ深いのはラバ(ミュール)である。
誤訳というわけではないが、ハロウィーンを万聖節と呼んでいる。はじめ、バンセイセツって何? と考えてしまった。逆に当時はハロウィーンと言うと、誰にもわからなかったのだろう。
「食用トカゲに変えてやる!」シーズン8エピソード9「魔力が消えちゃった!(A Plague on Maurice and Samantha)」で、サマンサの父モーリスがダーリンに脅し文句を投げつける。食用トカゲ? もとの言葉を確認すると、リーピング・リザード(Leapin'
Lizard)、つまり跳ぶトカゲである。これは「こりゃびっくり」といった感じの慣用句。実際こんな名前のトカゲがいるわけではない。こういうジョークはアメリカ英語に通じていないと考えつかないし、見る側も理解できない。
宇宙遊泳症、英語では何と言っているんだろうか。と気になったのがシーズン8エピソード16「サマンサ宇宙遊泳症になる(Samantha Is Earthbound)」だ。わたしがもっとも好きなエピソードの一つだけど、当時のアメリカの視聴者はこのドラマシリーズに飽き始めていたようだ。まさにこのエピソードから、放送日が水曜から土曜に変わったのは、視聴率が落ちていたからだった。
さて宇宙遊泳症の原語だが、答えは「特になし」だった。原題は「サマンサ、地表にとらわれる」で、重くなったことを言ってはいるが、軽くなって浮いてしまうことは題名に表れていないのだ。その意味で宇宙遊泳症のほうが秀逸といえる。<eartbound>(地表にとらわれる)は世俗にとらわれるという意味を持つので魔女の世界と対照的に人間界は想像力がなく、現世的であることを表しているのだろう。
ストーリーはこうだ。はじめ、サマンサの体が突然極度に重くなる。なんと500ポンドも体重が増えてしまった。500ポンドは227キロで、引退した逸ノ城の体重とほぼ同じだ。サマンサがソファに横になるとソファが重みで沈み、サマンサらが立ったあたりの床が沈んだ。ドクター・ボンベイの治療によって治ったかのように見えたが、今度は逆に軽くなりすぎて彼女は空中に――ほうっておけば空高く――浮かぶようになってしまうのである。
ドラマの最終回「人の心は謎々」(The Truth, Nothing But the Truth, So Help Me, Sam)で気になるのはダーリンがサマンサにプレゼントした骨董屋で見つけたユニコーンのブローチである。実際はユニコーンでなく、ヒッポカンポス(海馬)、おそらくタツノオトシゴだ。エンドラは魔法をかけて、これに近づく者は真実を話さざるを得なくしてしまう。その日の午後、予定通り顧客のコーラ・メイ・ドレスの社長夫婦がスティーブンス家にやってきた。創業者は奥さんのほうである。彼女は得意の詩作を披露する。これは詩というより広告のキャッチコピーだ。
孔子いわく、Confucius say,
小汚いのはよろしからず Don't be messy-messy
コーラ・メイを買っておしゃれで、豊かなるべし buy a Cora May dressy-wessy
最後のwessyはwealthyではないかと思う。また当時Dressy Bessy(ドレシー・ベシー)人形がはやっていたので、それにひっかけたのかもしれない。ともかく近くにユニコーンのブローチがあるのでダーリンは真実しか話せず、「なんですか、これ。冗談ですか」と顧客の女社長を思いっきりバカにしてしまう。同時に社長夫婦は真実しか言えなくなってしまったので、本格的な夫婦喧嘩に発展してしまったのである。