オームと唱えてる! ヒッピー世代のヒッピー魔法使い
ヒッピーの時代と言えば五十年以上も前のことなので、実感がわかないほど遠い昔のことのように思える。サマンサの分身セリーナがカリフォルニアでフラワー・パワー・ムーブメントに参加するなど、このドラマはもろに時代を映し出している。いろんないきさつがあって、エンドラはダーリンの仕事の邪魔をさせるために、ヒッピー魔法使い(warlock)のアロンゾを送り出す。
常識にとらわれない天才肌のアロンゾは、ダーリンの広告会社に押しかけて、ダーリンの仕事(コピーライター)を取ってしまおうとする。アロンゾはアンク十字架(エジプト十字架)のネックレスを使って社長のラリーにアロンゾのすべてを好むように魔法をかける。
ヒッピーのアロンゾは「わたしは宇宙の波動と同調することで力をを得て、広告業界に革命をもたらす」と豪語した。彼は部屋の隅で逆立ちをし、「オーム(AUM)」と唱えながら、禅の瞑想をする。そして起き上がり、ボードにキャッチコピー「フラーピティ・フラープ」と書きなぐる。わけのわからない言葉だが、魔法がかかっているラリーは「これはすばらしい!」とほめたたえる。これを見せられたクライアントは困惑するばかり……。 [シーズン8エピソード11「ダーリン、独立する(The
Warlock in the Gray Flannel Suit)」] なおこのエピソードのタイトル中のグレーのフランネルのスーツは、50年代、60年代のビジネスマンの典型的なスーツ姿のこと。
オウム真理教の影響で、現在の日本で瞑想しながら「オーム」(オーンに近い)と唱えたら、みんな引いてしまうだろう。「そちらの関係者のかたですか」と聞かれるだろう。しかしインドでは何千年も前から聖なる音として宇宙と調和するために唱えられてきた。オーム自体がブラフマン、すなわち宇宙原理を体現しているのである。
シーズン8エピソード11が放映されたのは1971年の12月1日だが、この年に出版された二百万部売れた大ベストセラー『ビー・ヒア・ナウ』(ラム・ダス著)の影響が顕著である。この本はリチャード・アルパート(のちにラム・ダスと名乗る)というアメリカ人がスピリチュアリティを求めてインドへ旅立ち、そこでグルと出会い、彼自身が精神的なグルとなっていく魂の遍歴の物語。多くのヒッピーがこの本を読んで、ヒマラヤで修業するグルを探しにインドへ旅立ったのである。『奥様は魔女』にはスピリチュアルな要素はまったくないけど、精神性を求める時代の世相を反映しているとは言えるだろう。