あなたはクリスチャンなのですか? 

 イエス・キリストについて語るとき、ヨガナンダはキリスト教徒以上にキリスト教徒のようだった。いや、そもそも彼はキリスト教徒なのだろうか。バガヴァッド・ギーターが好きな異端的なクリスチャンなのだろうか。そういった疑問が信者や弟子のあいだに起こるのは無理からぬことだった。

「私はあなたの教えが好きです。けれども、あなたはクリスチャンなのでしょうか」

 質問者がヨガナンダと会話をかわすのははじめてだった。グルは答えた。

「キリストはこう言わなかっただろうか。『主よ、主よ』と言う者がみな天国に入るのではなく、ただ天にいますわが父の御旨(みむね)を行う者だけが入るのである、と。

 聖書では異教徒という言葉は偶像崇拝者、すなわち主のみを見つめるのではなく、世俗に惹かれる者たちを意味する。物質主義者は日曜日に教会へ行ったとしても、異教徒に変わりはない。父なる神の灯(ともしび)をつねに心にとどめ、イエスの言葉にのみ従う者をクリスチャンというのだ」

 彼はこう付け加えた。

「あなたが自分をクリスチャンだと考えれば、クリスチャンなのだ」

(『パラマハンサ・ヨガナンダの言葉』)


 グル(ヨガナンダ)はつぎのようにおっしゃった。

私は最大限の喜びと誇りをもって父なる神を崇拝しています。イエスの教えがこんなにも深いとは、以前の私なら夢にも思いませんでした。それを解析することによって、インドのヨーガのエッセンスが凝縮されたパタンジャリの金言と同様の真実が蔵されていることを知りました」
*パタンジャリは「ヨーガ・スートラ」を著した紀元前2世紀頃の著作家。
       (シュリ・ダヤ・マタ『キリストの再臨』前言)



[付記] 
 ジョージ・バークによると(『インドのキリスト』)によると、1920年にボストンで開催された宗教会議に出席したあと米国に残ったヨガナンダは、32年間、毎週1時間半のレクチャーを聴衆に与えた。その構成は、最初の30分が「バガヴァッド・ギータの教え」、つぎの30分が「福音書の教え」、残る30分が「二者の根本的統一」であったという。バークのようなインドのトマス派キリスト教徒からすれば、キリスト教はサナタナ・ダルマ、すなわちヒンドゥー教の一支ということになる。ヨガナンダが聖書の講義をおこなうのは奇異なことのように思えるが、「宗教の根源はひとつである」という考え方のもとでは、なんの不思議もないのだ。




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