イッサ伝 (抄訳)                   宮本神酒男 

 ノトヴィッチが「発見」したイッサの伝記は、すでに複数の邦訳が存在するので、ここは抄訳を紹介するにとどめよう。

 

<第1章>

 イスラエルの地で犯した大罪のため、大地は揺れ、天は泣いた。というのも偉大で正義のイッサを拷問にかけ、処刑したからである。以下はイスラエルの商人が語った物語である。

 

<第2章>

 イスラエル人はエジプトの奴隷だった。ファラオの息子のひとりモッサ(モーゼ)はイスラエルの神を信じ、彼らの負担を減らすよう父に願い出るが、却下され、かえって重労働を強いる。エジプトに大災害が起きる。これは神が罰したのだと言ってイスラエル人を率いてエジプトを出国する。イスラエル人は故国にもどり、平和な国を築いた。

 

<第3章>

 ロムレスの国から異教徒たちがやってきてヘブライ人を支配した。彼らは神殿を破壊し、異教の神々に犠牲をささげるよう強いた。

 

<第4章>

 イスラエルの地に驚くべき子供が誕生した。神ご自身が幼き子の口を通じて身体のはかなさ、魂の偉大さについて語られた。イッサと名付けられた神の子は幼いときから唯一の神について語り、迷える魂が悔い改めて罪から清められるよう熱心に説いた。

 イッサは妻を娶るのにいいとされる13歳になると、富貴な人々は彼を婿にしたいと願った。しかしイッサはひそかにエルサレムを離れ、商人たちとともにシンド(インド)へ向かった。それは神の言葉にいて自らを完成させ、偉大なるブッダの法を学ぶためだった。

 

<第5章>

 神に祝福されたイッサは、シンドの領域に入り、神に愛される地でアーリア人たちのなかに落ち着かれた。この驚くべき少年の評判はシンド北部に行きわたった。5つの河の国(パンジャブ)およびラージプットの国(ラジャスタン)を越えた。ジャイナ教の人々はイッサにとどまるよう願った。しかしイッサは正道を踏み外している彼らのもとを離れ、オリッサのヴィアーサ・クリシュナが眠るジャガーノート(ジャガンナート、現在のプーリー)のもとへ向かった。そこでブラフマーの白い僧侶たちに迎えられた。

 イッサはジャガーノート、ラジャグリハ、ベナレス、その他の聖なる町で6年を過ごした。だれもが彼を愛した。彼はヴァイシャ、シュードラ(階級)の人々と平和に暮らし、聖なる教えを説いた。だがバラモンとクシャトリヤ(階級)は、パラブラフマー(至上神)が脇腹と足から創ったこれらの人々と接することは禁じられていると言った。

 彼は人としての権利を奪う者たちを非難し、「父なる神は子供たちのあいだにいかなる差別をもうけていない」と述べた。

 イッサはトリムルティ(三神一体説)と顕現説、すなわちヴィシュヌやシヴァ、その他の神々にパラブラフマーがあらわれるという考えを否定した。

「兄弟から幸せを奪う者は、幸せを奪われるだろう。バラモンとクシャトリヤはシュードラとなるだろう。ただ、最後の審判の日には、彼らは許されるだろう。彼らは知らなかったのだから」

 バラモンとシュードラは感銘を受け、どのように祈ったらよいのでしょうかとたずねた。

「偶像を崇拝してはならない。それらはあなたがたの言うことを聞かないのだから。ヴェーダを崇拝してはならない。そこには真実がゆがめられているのだから。自己本位に考えてはいけない。また隣人を辱めてはいけない。貧しき者や弱き者を助け、だれをも傷つけないように。他人の持ち物を欲しがらないように」

 

<第6章>

 イッサがシュードラたちに説教していることを知った白い僧侶(バラモン)と戦士(クシャトリヤ)たちは、この若い預言者を殺害するべく追っ手を差し向けた。危険を察したイッサは夜のうちに逃げ出し、山を越えてブッダの生地であるゴータマの地へのがれた。そこで唯一神ブラフマーを崇拝する人々のなかに身を落ち着けた。

 パーリ語を完全に理解したイッサは聖なるスートラ(仏教経典)を学び始めた。六年後、ブッダが聖なる言葉を広めるために選んだイッサは聖なる文書を説けるようになっていた。そしてネパールを離れ、ラージプットの国の谷を降りて西へ向かった。

 イッサは隣人に善行を行うべきだと説いた。

「もともとの純粋さを回復したものは、死ぬときに罪の許しを得ているだろう。そして偉大なる神の姿を熟視する権利を得るだろう」

 異教の地を巡りながら、「目に見える神を崇拝するのは自然の摂理に反している」と説いた。

 

<第7章>

 イッサの言葉は異教徒の地に広がり、彼らは偶像を捨てた。バラモン僧たちは言った。

「そんなにわれらの神々があなたの神を侮辱するというのなら、奇跡をおこなってみてはどうか」

「われらの神は天地開闢以来ずっと奇跡をおこしてきました。奇跡は毎日、いやすべての瞬間、起きているのです。それを見ない者は、人生のもっともすばらしい贈り物をうしなっているのです」

「神の怒りによって滅ぼされるのは偶像ではなく、偶像を作った者たちでる」

「あなたがたは人身御供をやめなければならない。命を与えられた動物もまた生贄にしてはならない」

「あなたがたは自身を清めるだけでなく、他の人々を導かなければならない。そうすればもともとの完全さを取り戻すことができるでしょう」

 

<第8章>

 イッサがペルシアに入ると、ゾロアスター教の僧侶たちは恐れおののいた。

「われわれの神を冒涜し、信徒の心に疑いの種をまくとは、お主は何者か」

「私が説いているのは新しい神ではない。天地開闢以来ずっとおられ、滅亡したあともおられる天の父のことである」

「永遠の霊は、すべてのものを息づかせる魂である。あなたがたは善の霊と悪の霊に分けることによって、大罪を犯している。なぜなら善の神のほかには存在しないからだ」

「あなたがたは自分たちのために間違った神々を創りだした」

 イッサの言葉を聞いたマギ(僧侶)たちは彼に危害を加えないことにした。そのかわり町が寝静まった頃、彼らはイッサを城壁の外に追い出した。野獣の餌食になることを期待したのである。しかし神のご加護によってイッサは旅をつづけた。

 

<第9章>

 創造主が堕落した人類に、真の神の姿を思い起こさせるために選んだイッサがイスラエルの地に戻ってきたのは、29歳のときだった。しかし野蛮な征服者に迎合して多くの人々は神の教え、モッサの教えを捨て始めていた。

「子らよ、屈してはいけない。なぜならあなたがたの声は私に届いているから。愛する者たちよ、泣いてはならない。あなたがたの嘆きは父なる神の心を打ち、あなたがたをお許しになるであろう」

「あなたがたの希望と忍耐で私の宮を満たしなさい」

 

<第10章>

 各市の支配者たちはイッサを恐れた。そこで総督ピラトはイッサを裁判にかけるよう命じた。イッサがエルサレムに着くと、すべての住民が彼に会おうと集まってきた。

 学者たちはたずねた。

「そなたは何者なのか。どこの国の人なのか。われわれはそなたの名さえ知らない」

「私はイスラエル人です。生まれたときからエルサレムの城壁を眺めてきました」

 学識ある長老はたずねた。

「あなたはモッサの律法を否定し、神殿を壊すよう説いているというが、本当なのか」

「天の父に与えられたものを壊すことはできません。心の中からけがれを取り除くよう説いているだけです。心はまことの神の宮なのです」

 

<第11章>

 イッサの言葉に耳を傾けた祭司や長老たちは、彼を裁かないことに決めた。というのも他者に害を与えることはないと考えたからだ。

 しかし憤った総督は変装した部下をイッサのもとに送り、監視下に置いた。イッサは近くの町々を訪ね歩き、創造主の道を説いてまわった。救いが迫っているとして、忍耐をすすめた。彼が行くところには群衆がしたがい、あたかも召使のようであった。

「人間のおこなう奇跡を信じてはいけません。しかしたったひとつ人のできる奇跡があります。それは真摯な信仰心があれば、心から罪を洗い流すことができることなのです」

 

<第12章>

 イッサがカエサルについて語っているとき、話を聞こうと前に出た老女をスパイの男が脇に追いやり、そこに坐った。それを見てイッサは言った。

「子が母を脇に追いやり、その場所を占めるのはよくない。神のつぎに尊い存在である母を尊敬しないのは、子と呼ぶにふさわしくありません。女を敬いなさい。女は宇宙の母であり、聖なる創造の真理は彼女のなかにあるのです。女は善きもの、美しきものの基礎であり、生と死の胚そのものなのです。男の存在すべてが女に依っているのです。妻を愛し、慈しみなさい。そうすればあなたは彼女の愛と心を勝ち取ることができるでしょう。また神を喜ばせることができるでしょう」

 

<第13章>

 総督ピラトの部下たちはイッサを逮捕し、拷問にかけた。イッサは創造主の名のもとに苦しみを耐え忍んだ。

 ピラトはイエスに話しかけた。

「おまえ自身がイスラエルの王となるために、民衆を扇動して政府転覆をはかっているというのは本当か?」

「人はその意志によって王となるのではありません。私が語ったのは天の王についてだけです。そのお方を崇めるよう説いているのです」

 証人として呼ばれた男が言った。

「異教徒のくびきから解放してくれる王と比べれば、この世の王は無力に等しいとおっしゃっていたではないですか」

「汝に幸いあれ。天の王は地上の法よりも偉大で力強く、天の王国は地上の王国にまさっているのです」

 総督みずからが立ち上がって言った。

「聞きましたか。イッサは罪を認めたのです」

 祭司や長老は言った。

「彼は有罪ではありません。律法に反することはしていません」

 それでも総督が死刑を命じたので、祭司や長老たちは出ていくときに聖なる洗盤で手を洗いながら言った。

「われわれは義人の死については潔白である」

 

<第14章>

 総督の命令により、イッサはふたりの盗賊とともに刑場に連れて行かれ、十字架の上に磔になった。日が落ちる頃には、イッサは息絶えた。義人の魂は肉体から離れ、神の一部と化した。ピラトは遺体を彼の親戚に渡した。処刑場の近くの墓に遺体を葬ると、多くの人々が集まって祈り、涙を流した。

 三日後、総督は遺体を別の場所に葬ろうとしたが、墓のなかはすでに、もぬけの殻だった。天の裁判官が天使を派遣してイッサのからだを取り上げたという噂が広まった。ピラトはこの話を聞くと激怒し、イッサの名を口にすることも主のために祈ることも禁止した。しかしイッサの弟子たちは異教の国々へ行き、イッサの教えを説いた。

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