神の化身となる密儀(2)          宮本神酒男 

 つぎにイェシュアはヴィシュヌの化身、慈悲深い王サティヤヴラタになった。王は魚として洪水によって世界が滅ぶことを警告し、アムリータという不死あるいは転生の水を飲むようにすすめた。霊的な山メルー山で偉大なる賢者が集まったが、彼らは人間のためにアムリータを生産するわけではなかった。彼らは物質世界の象徴であるマンダル山の暴力的な回転によってのみアムリータが生産できることを発見した。しかしデーヴァ(神々)たちは山を回転させることができなかったので、ヴィシュヌの助けが必要になった。知恵の蛇ヴァスーキーはその力強い身体を物質世界に巻きつけてきたが、ヴィシュヌ、つまりイェシュアは亀に変身し、世界を取り戻し、背中の上にのせた。それから水の中に回転しながら入り、あたらしい生命力を獲得した。

 イェシュアはさらに説明する。

「生は霊的な面でのみ改善されるというものではありません。聖なるエネルギーを実体化する必要があります。つぎに、聖なるエネルギーを物質世界で受容するために、気持ちを高め、感情エネルギーをそそぐことによって人間の身体を変容しなければなりません。人の心によって実体化された霊的エネルギーによって、病人を癒したり、死者を蘇らせたりすることができるのです」

 つぎの化身のためにイェシュアは低い洞窟のなかに入り、身体がやっと通れる狭さの穴を四つん這いになって進んだ。彼は怪物ヒラニヤクシャナを追って、7つの低位の世界を通った。そのときの化身の姿はイノシシだった。イノシシ姿のヴィシュヌ、つまりイェシュアは怪物と戦い、最後にやっと勝利をもぎとった。と思うのも束の間、巨人の弟が襲いかかってきた。イェシュアは大理石の柱の中に閉じ込められるものの、炸裂してその炎で怪物を平らげた。

「この趣旨とは?」

「人の情熱という巨人は存在という7つの穴の中を突き進んでいきます。それはあくなき心によって追い立てられ、殺されるのです。つぎに恐怖という巨人は容易に退治することはできません。それに勝つことができるのは勇気の炎だけなのです」

 イェシュアは右の方向に3歩踏み出すよう言われた。これはつぎの物語を表している。ヴィシュヌは小さなバラモンに化身した。バラモンは暴君であるバリに、聖なるお祈りのために3歩分の土地が必要だと言った。巨人はそんな小さな土地ならば、と了承する。バラモンは東へ大きく一歩、南へ大きく一歩、踏み出した。怪訝に思った巨人バリが近づいたとき、バラモンは3歩目を踏み出した。足はバラモンのおなかから出てきて、バリの頭蓋骨を粉砕した。

 バリは飾り立てられた物質的な心の暴君だった。お祈りの部屋とは清められた聖なる身体のことである。東へ踏み出す一歩とは、永遠の神の輝く太陽から霊的な悟りを得るということである。南へ踏み出す一歩とは、人の身体の中に得られた悟りを維持するということである。腹から出てきた3歩目は、暴君を退けるためのものである。それは純粋でけがれのない意志を表すものであり、物質的な心を制するのである。

 結論を出すか出さないかというときに、イェシュアは鋭い剣と盾が手渡された。上部の洞窟の下にある7つの穴を通って戦わねばならなかった。イェシュアは地獄に落とされたのである。戦いの音がすさまじく、耳が聞こえなくなるくらいだった。それでも狭い回廊を進んでいくと、無数の剣が切りかかってきた。

 7番目の化身はラーマだった。神と同等の力があることを示すために、同等の危険に自分をさらさなければならなかった。血しぶきが飛び散った回廊を進み、7度奇怪なるものたちと戦い、ようやく閉じられた扉の前にやってきた。扉をあけ、向こう側に出る。扉の向こうから阿鼻叫喚が聞こえた。そのとき突然祭司(ヒエロファント)があらわれた。

「聞くがよい。おまえは7つの洞窟を通じてじつによく戦った。人の肉体のなかで7つの化身を取りながら、よく生き延びた。おまえは7つの応報の場所と7つの刑罰の場所を見てきた。しかしこれは人の信仰と従順さに応じた応報の階梯にすぎないのだ。最後の信仰の行為を見せたまえ。それを乗り切ればカイラーサへたどり着くだろう」

 背後からグルの声が聞こえた。グルは近づいてきてイェシュアの前にあらわれた。

「彼らは頭がおかしくなったのさ。二つに意見が分かれて争っているのだ。片方はおまえがこの戦いから抜け出すことをすすめている。もう片方は死ぬまで戦うべきだと主張している。わしはおまえにもうひとつの道を示そう」

 そう言ってグルは左側の回廊を指した。回廊は上がって、曲がり、その先には王室の色である深紫色の扉があった。グルは後ろに下がり、そのまま去って行った。

 戦いを避けるべきなのか、戦うべきなのか、祭司(ヒエロファント)は正しいのか、イェシュアはさまざまなことを考え、迷った。

 イェシュアは急いで紫の扉のほうへ行くべきだと感じ、そこへ走り寄り、思い切り扉をあけた。すると目の前に巨大なジャガーノート(山車)が出現したのである。それは石壁のあいだの道を上った急斜面の上にあったのだが、扉と紐で結ばれていて、あけた瞬間に扉のほうへ滑ってくる仕掛けになっていたのだ。巨大な石の車輪に押しつぶされるのは時間の問題かと思われた。恐怖におびえて扉の上を見ると、そこには「義務を選べ、さもなければ死を選べ」と記されていた。




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