宗教を超越した中世の神秘詩人カビール
シルディ・サイババと同様に、宗教の枠に当てはまらない偉大なる才能が神秘詩人カビールである。ムスリム(イスラム教徒)、スーフィー(イスラム教神秘主義者)、シク教徒、ヒンドゥー教徒からひとしく崇拝されているのだ。インドだけでも1000万人ものカビール・パント(Kabir Panth)教団のメンバーがいるという。*シルディ・サイ・ババは警察に「信条、宗教は?」とたずねられたとき、「カビール」と答えている。サイ・ババ自身が自分をカビールの後継者と考えていたようである。
カビールは1440年頃、ヴァラナシの貧しいイスラム教徒の両親のもとに生まれた、あるいは捨て子だったが拾われ、育てられた。バラモンの寡婦の子供という説もあるが、ヒンドゥー教徒であってほしいと願う人々が作り出した虚説かもしれない。しかし彼自身自分のことを「同時にアッラーとラーマの子供」と表現しているように、特定の宗教の信者ではないようだ。彼の家の家業は機織りだった。日本人からすると機織りは女性専門の職業のようだが、現在も伝統的には男性の職業である。現に私はインドでたまたま機織りの仕事場を見たことがあるが、男性が並んでいて驚いたことがある。
カビールはイスラム教徒であるにもかかわらず、バクティ(親愛)運動のパイオニア的存在であるスワミ・ラーマナンダの弟子になったという。ヒンドゥー教においてはカルマや輪廻転生が信じられ、イスラム教においては、神がひとつであるとされ、偶像崇拝やカーストが否定された。このように両宗教が融和されたのは、ラーマナンダによる影響が大きかったのかもしれない。
1518年頃、カビールが逝去すると同時に、ヒンドゥー教徒は遺体を火葬したいと主張し、イスラム教徒は埋葬したいと訴えた。そして遺体を覆っていた布をはずすと、そこにあったのは遺体ではなく花束だったという。彼らは折半し、それを用いてそれぞれ葬送の儀式をおこなった。最後まで宗教対立は無益だと考えていたのである。