第2章 8 ヨモギとグミ 

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 古代の巫術と医術は互いに排斥し合うと同時に相互が影響し合い、浸透し合い、転化し合うとう面があった。医術は少なからず巫術から発生していて、今まで述べたように桃木、桑木の医術にはあきらかに巫術のあとが残っているのである。同時に一部の医術は人が神格化され、最終的に医学体系から離脱し、幽鬼や魔物を超自然的な力で制圧する巫術行為に変成している。ヨモギや茱萸(しゅゆ)、すなわちグミを用いて除鬼辟邪をするのはその典型だろう。

 中国の伝統的な鍼灸法の灸法は、ずっと乾燥したヨモギの葉をよって作ったもぐさを基本材料としてきた。秦代以前にすでにヨモギの灸法は広く用いられていた。『詩経』「采葛」には「かの艾(ヨモギ)をとった少女よ、一日会わなかっただけで、三年がたったかのようではないか」という詩句がある。ヨモギを摂取すれば病に効果があるのだ。

 『孟子』「離類上」には「七年の疾病」を治すには「三年のヨモギ」を服用すべきであると書かれている。古代の医術士を見るに、すべての疾病が灸法で治療できるとし、ヨモギは『神農本草経』などの書においても「医草」と称されている。このことから導き出されるのは、ヨモギが疾病に立ち向かうという観念があり、その観念は巫術とあまり変わらないということである。

 『荊楚歳時記』杜公瞻が引用する注釈の「師曠占」に言う。「病の多い年、病草は先に生えるなり」。杜氏は 病草が艾蒿(ヨモギ)と認定している。毎年病気が流行する前、治療効果のあるヨモギが成長し、繁茂している。この一節が意味するのは、天から病気が降ってくる前に、すでに病気に対してヨモギの灸を用いて準備を整えるということである。ヨモギの成長が天意と関連があるのは明らかだった。ヨモギには人類を保護し、救済する重要な使命を背負っているのだった。

 ヨモギは神のような力を持ち、普通の草ではなかった。杜公瞻は言う。ある姓、宗の人々は「つねに五月五日の朝、ニワトリが鳴く前にヨモギを採り、人の形に似るように重ね、束ねて、それで炙(あぶ)れば効能がある。唐人韓卾は「(端午の時)ヨモギを採り、百病をこれで治した」と言っている。特定の時期に採取する特殊な形状をしたヨモギは特殊な効能を持っていた。しかしヨモギも聖化はそれだけではなかった。

 古代方士の間では、三年置いたヨモギを燃やしたあと「津液(唾液)を流すと鉛や錫(すず)に成る」という怪説があった。晋人の張華は自ら似たものを作ってみた。こうした神秘的な色彩を帯びた怪説によってヨモギは巫術には欠かせない霊的な道具となっていった。



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