第2章 9 ニワトリの厄払い 

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 ニワトリ厄払い呪術は古代の医術に大きな影響を与えた。古代医術方士は好んでニワトリの頭、体、血、羽毛を薬に入れたのである。こうした医術は少なからず巫術から転化したものだった。

 陰陽五行学説の解釈によれば、ニワトリは東方の牲(いけにえ)であり、東方は陽に属すので、ニワトリも陽に属す。ニワトリの頭や体は陽気が集まる(荟萃)ところであり、「東方鶏頭」は妖魔が起こす祟りなどの陰類の病気にとくに効果があると考えられる。

 漢代の人は「東方鶏頭は蠱(こ)を治す」と信じていた。また十二月には東門にいけにえの白いニワトリの頭をかけ、「法薬」とする習慣があった。こうしたことから、東門鶏頭は医術家が常用する辟邪薬物となった。

 李時珍『本草綱目』巻四八の「鶏」の項に「鶏頭」があり、東門上の優良なるもの、すなわち鶏頭を用いて、鬼(悪霊)を殺し、蠱病を治し、悪を祓い、疫病を辟けた。李時珍はまたこの習俗の本源を追っている。「かつては正月元旦に雄鶏をいけにえにし、門戸にかけて祭った。考えてみればニワトリは陽精であり、雄鶏は陽の体を持ち、頭は陽の会(集まるところ)である。東門は陽の方向である。純陽が純陰に勝つのは義である」。

 『風俗通義』がかつて述べたように、漢代の人は治療の一つとして「鬼刺」をおこなった。それは殺した雄鶏を患者のみぞおちに置くというものである。この治療法はのちに神秘的色彩を濃くしていった。晋代の小説『志怪録』にはつぎのような場面がある。

 方士の夏侯弘は江陵で、一匹の矛を持った大鬼が何匹かの小鬼を連れて大通りを猛然と歩いているのを見た。彼は一匹の小鬼をとらえて聞いた。
「大鬼は手に矛を持っているが、何のためだ?」
「人を殺すんだよ。人のおなかの真ん中に矛を刺す。その人はすぐ死ぬのさ」
「救う方法はあるのか」
「黒鶏をおなかのあたりに貼り付けるといい。すぐにすっかりよくなるよ」
 このあと夏侯弘は人々に「鬼法」を伝授し、多くの病人を救った。小説の最後につぎのように記されている。のちに「中悪」「中邪」(悪鬼や邪鬼によって起こされる卒中のような病気だろう)を患う者たちは「黒鶏を用いて症状を弱めた」。これはすなわち夏侯弘が遺した鬼法である。

 黒鶏を胸に貼り付ける方法以外にも、方士は雄鶏を食べることで同様の効果が得られると考えている。葛洪の『肘後方』には流行病を避けるために「冬至の日に赤い雄鶏を塩浸けにし、立春の日に煮て食べつくす。他人に分けてはならない」。ひとりで一羽の塩浸けのニワトリを食べ、はじめて疫病を防ぐことができる。ここに巫術の原理を理解する秘法がある。

 古代の医術家はニワトリの血、なかんずく鳥冠(とさか)の血が治療効果があるとみなしてきた。『肘後方』は多くの種類の鶏冠をもちいて突然死(を起こす病)を治療すると記す。

 たとえば「鬼撃卒死」を起こす病を治すのはつぎの方法である。黒鶏の血を病人の口の中に滴らせる。それを飲み込ませると、このニワトリを裂き、患者の心臓の下に置く。ニワトリの体が冷めたらニワトリは道端に捨てる。

 「中悪寝死」(寝たままの卒中を起こす病)を治す方法はつぎのとおり。雄鶏の鶏冠の血を患者の顔に塗る。しばらくしてふたたび塗る。同時に患者の体のまわりに灰土を撒く。

 猝然死(突然死を起こす病)を治すのは言語にできない方法である。鶏冠の血と真珠をあわせて小豆大のまんじゅうをつくる。それを3、4個、患者の口の中に入れる。

 首吊り(を起こす病)を治す方法はつぎにとおり。首を吊ったばかりの患者にはまだみぞおちに暖かみが残っている。首吊りの縄を切ってはいけない。鶏冠の血を死者の口の中に滴らせる。そうして心神を安定させる。首吊りが男性であれば雄鶏を、女性であれば牝鶏を使う。こういったことはどれも巫術と関係している。

 一部の医術家は想像力が豊富で、雄鶏の鶏冠の血は女性の陰内の出血を治すと考えた。「女性の交わりが理に反していて、出血したとき、雄鶏の鶏冠の血を塗る」。

 李時珍は解釈し、解説する。「三年(三歳)の老雄鶏の鶏冠の血を用いる。陽気が充溢しているのである。(……)鶏冠は筋の間を血が流れる場所であり、ニワトリの精髄である。もとより天の者は向上するものである。丹(紅)は陽の中の陽であり、中悪(卒中)や驚愕病などを治す」。法術家の先験的で、神秘的な言い方である。古代にはやった巫術では鶏血を使って治療するが、鶏冠血でなければならないということはない。『千金方』巻二五には、首吊り死(を起こす病)には、鶏血を喉の下に塗ることで治すという簡単な方法が記される。

 古代シャーマンの手にあっては、鶏毛はまた不思議な効用を持つ。ある医学書に言う。「庚辰(かのえ・たつ)の日、ニワトリと犬の毛を門の外でわずかに燃やし、煙を出す。これで疫病を避けることができる」。

 夏侯弘が疫病を治した故事に関して、真の性質を見いだすのはむつかしくない。古代の医術家は言う、「ニワトリの羽毛で茎が二つある者を選び、これを焼いて灰にして飲む」と、「升のごとく腫れた陰(嚢)」を治すことができる。奇妙なのは、「左の腫れには左の翅を、右の腫れには右の翅を、両方の腫れには両方の翅を取ることである」。また「雄鶏の翅を焼いて灰にし、一日三度、一方寸(3センチ四方)の灰を酒と服用する」と、婦人のお漏らしを治すことができる。方士によっては「雄鶏の毛を焼いて灰を酒に入れて飲むと、求めたものが手に入る」と豪語する。もはや鶏毛は病気を治すだけでなく、万能の霊物である。



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