(2)

 漢代までには、噀唾(そんた)は祝由術の基本技法の一つとなっていた。[噀(そん)という語は厳密には口中の水を吹きかけることを意味する。私がよく訪れた青海省のチベット族の村のハワ(一種のシャーマン。直訳すれば神人)は、口に含んだ聖水を吹き出すと、それが霧状になって拡散した。聖水を浴びると子宝に恵まれると人々は信じていたので、女性は喜んで霧を浴びようとした。これには中国の民間習俗の影響があるかもしれない] 

 巫医は病を治すのに呪文を唱え、三度唾を吐く。患者が自ら呪文を唱えて治療するときは、男は何回、女が何回唾を吐き、それに対応する規定がある。馬王堆漢墓帛書『五十二病方』には大量の唾呪、あるいはその法術が記されている。以下はその例。


 嬰児が発熱し、筋肉がひきつり、眼球がひっくり返り、両あばらに痛みがあり、喘息がひどく、大便が硬く色が青いとき、それは瘛(けい)病である。屋根の雑草を取って灰になるまでよくあぶる。それを湯匙(れんげ)によそう。新しい水を地面の穴に注ぎ、攪拌し、上澄みを盃に入れる。湯匙に向かって唾を吐き、呪詛をおこなう。

「われは今、どうしようもなく唾を噴きたいぞ。天上の彗星よ、人身の壊血よ、よく聞くがいい。われは門の左の警護を殺したい。門の右の警護を殺したい。悪行を改めることはないだろう。われはすぐにおまえの身体を断ち切るだろう。そして死骸(むくろ)を大衆の面前にさらすだろう」

 呪文を唱え終わると、湯匙(ちりれんげ)で嬰児のひきつっている腱をマッサージし、湯匙を杯のほうに傾けて、象徴的に、病を起こす悪血を杯に入れる。杯の水の表面にハエの羽根のような血の跡が浮かぶと、それを塀の上にまく。ふたたび水を取ると、また湯匙に唾を吐き、おなじことを繰り返す。効果がなければそれを繰り返し、病状が好転するまでつづける。


 身体に悪性の腫物ができたとき、自ら山を探し出すといい。そこで呪文を唱える。「私〇〇は不幸にも、廱(よう 悪性の腫物)ができてしまい、耐えがたい苦痛に見舞われています。今、明月があなたを照らしますように。柞(クヌギ)であなたを射抜きますように。虎の爪であなたを治しますように。あなたの刀を抜き、あなたの尾を切り落とし、あなたの肉をぶった切りますように。もしそれでも逃げないというのなら、あなたの苦しみを食べましょう」。

 呪文を唱え終えたら、これに唾を吐く。治療効果を強固なものにするために、翌日は日の出前にある方角に向かって唾を吐き続ける。


 漆瘡(漆が引き起こす皮膚病)を治療するためには、まず唾を三度吐き、「ペッ、漆王!」と三度叫ぶ。そのあと呪文を唱える。

「天帝はあなたに漆の弓矢を賜った。それなのにあなたのおかげで体に腫物ができてしまった。いま、あなたにブタの糞尿を塗ろう」。

 こう言い終わると、靴底で腫物の上を摩擦する。

 ほかの呪法では、まず「天帝に五種の兵器あり。あなたにはない。おし逃げるなら、あなたを刀で切り殺そう」と唱える。そしてすぐこれに唾を吐く。男は七度、女は十四度吐く。