(5)

 誇張された唾の神威の呪文中、『千金翼方』巻三十に記された禁遁注(邪悪なものを駆除する古い呪文の形式)の伝染病の呪文は、もっとも多く話を織り込んだものといえる。この呪文の前半は以下の通り。


吾従天南来至北、食塩三、飲水万千。(私は南方から北方へやってきた。三斛の塩を食べ、大量の水を飲んだ)

経江量海、手捉丘山、口含百毒、心懐蚰蜒。(川や海を経て、山や丘をつかみ、口には百毒を含み、胸には悪虫を抱く)

唾天須転、唾地地穿、唾石砕裂、唾火滅煙、唾鬼即死、唾水淵。(唾を吐けば空はひっくり返り、地面はえぐられ、石は粉砕し、火は滅して煙となり、鬼は死に、淵の水は消え失せる)


 漢代の神話によれば、共工が帝位をかけて顓頊(せんぎょく)と争ったとき、(共工の)怒りが不周山に触れ「天の支え(柱)が折れ、地の支え(縄)が絶えた」。

しかし後世の巫師は唾を吐きかけただけで天地がひっくり返ったと称した。こういった荒唐無稽な話を作ったのは漢族ではないだろう。[つまり南方の民族]


 唐宋の時代、人々は悪鳥を祓除するのに唾法を用いた。王充によれば漢代、南方の巫師は「唾鳥によって鳥を落とす」ことができた。唾によって悪鳥を祓除する習俗はこうして広がっていたのである。

 唐の人劉餗(りゅうそ)は『隋唐嘉話』の中で言う。「朝早く、張率更[南北朝時代の有名な詩人]の(家の)庭の木にフクロウがとまって鳴いていた。妻にとって不吉なことであるとして、これ(フクロウ)に何度も唾をかけた」。

 宋の人陶谷は術士の話を引用する。

「フクロウは天の毒を持つ。それを見たものは必ず禍に見舞われる」

 もしフクロウを見てしまったら、「すかさずフクロウに向かって唾を13回かけねばならない」。そのあと坐って沈思黙考し、心の中に北斗の形を思い描く。一時辰(二時間)後、災禍を祓除することができる。

 五代の頃、ひとりの武官が「梟」の字を極端に忌み嫌った。その管轄内の住民はフクロウを十三唾(じゅうさんだ)と呼んだ。「連唾十三口」という祓梟(ふつきゅう)法術を当時の人はみな知っていたようである。


 明清の時代、唾で治療する法術はかなり広範囲に見られた。ただ『千金翼方』に記される荒唐無稽な唾呪術はほとんど見られなくなっていた。李時珍は長期にわたって唾液で目をこすれば「頭が明瞭になり、鈍くなることはなかった」。また「雲翳(角膜混濁)のある人がいる。毎日数回(眼球を)なめさせる。長くやっていると真気がしみこみ、自然と毒が散り、翳(かげ)はなくなる」という。

 また吐いた唾には起死回生の効能があるという。「人がひどくうなされるとき、そもそも叫ぶことができないが、踵(かかと)や親指の爪を思い切り噛み、たくさんの唾を顔に吐きかければ、わめきながらも徐々に目が醒めてくる」。

 長脚ムカデの尿が人影にかかったらできものができると俗にいう。清代に流行した「治長脚ムカデ尿射人影法術」はつぎのようなものである。

 地面に長脚ムカデの画を描く。ムカデの腹の部分の土を掘り出し、それに唾を吐きかけ、泥をこね、患部に塗る。

治犬咬法術というのもある。

 人を犬に咬ませる。すぎに地面に「虎」という文字を書く。そして呪文を唱える。


一二三四五、金木水火土、凡人被犬咬、請土地掲起土来補。


 唱え終わると、よだれを土の上に吐く。その土を患部に広げ、手で塗り込む。これで完治するという。


 鬼は唾が嫌い、鬼は唾を畏れる、という言い方は唾を厭う人間の心理の表れである。同じ心理から、鬼魅は唾を吐きかけられて激怒するという観念が生まれた。もし唾を噴くことで鬼怪を消滅することができなければ、鬼に恨みをいだかせて、永遠に安寧が得られないようにしてやるといい。人間の精神の深いところで噀唾法術は作られる。この法術が衰えてなくなると、それ自体が弱点となっていく。