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古代の医書は牛洞や馬通などの汚濊物の使用をどのように描いたのだろうか。
手のひらサイズの干し牛矢(牛糞)を簡易ベッドの下に置く。「母子に知らせるなかれ」。小児の夜泣きを治すことができる。牛矢を門戸に二寸平方ほどの大きさに塗る。これで疫病を避けることができる。牛矢を妊婦のお腹に塗る。死産の子をおろすことができる。牛矢を燃やし、門前に置く。つねに煙が出るようにして、子供が「非常人」にならないように、また異物に犯されないように予防する。犬に嚙まれたら、その傷に熱い牛矢を塗る。狐尿刺によって炎症を起こしたとき、「牛屎でこれを薄める」[狐尿刺とはカマキリから出た毒液で、それに手足が触れると炎症を起こす]。陰嚢が腫れて痛むときは、「牛屎を焼いて灰にして、これを酒といっしょに(膏薬として)塗る」。
『南史』「孫法宗伝」によると、劉宋の頃、有名な孝子孫法宗はいつも頭瘡[頭の皮膚炎]に苦しんでいた。ある夜、ひとりの女が彼に言った。「私はあなたに謝罪するために天から派遣されたものです。頭瘡をはやらす鬼は孝子に禍をもたらしてはいけないのです。あなたに処方の仕方を教えましょう。まず牛矢をじっくりと煮込んでください。それを患部によく塗り込んでください」。
孫氏は効果があるかどうか試してみた。そして患者たちもそのやり方をまねてみた。その結果、多くの頭瘡患者を救うことになったのである。このように上は頭頂から下は陰嚢まで、牛糞を塗ることになったのである。牛糞の内服や牛糞灰の医術はめったに見られないものだった。
『本草綱目』巻五十は言及する、「黄牛屎一升、絞った汁を飲む」と、小便が出ないのを治す。黄牛の牛糞を粉になるまでよく砕き、それに小麦粉の糊を入れて、桐の実大の丸薬を作る。食前に白湯といっしょに七十粒飲めば、湿黄熱病を治す。
黄牛矢半升を用いて、水二升を加え、三度煮沸する。半升服用すれば霍乱を治す[霍乱はコレラと理解されている]。
猝死不省人[人事不省に陥った人、突然死になりそうな人]は、「牛洞(牛屎)一升に温めた酒を入れたものを、あるいは湿らせたものの絞り汁を取る」。これは春秋時代の扁鵲(へんじゃく 前407-310頃の医学家)が残した処方。
妊婦の腰痛、毒腫などに対しても、「牛屎を焼いた粉末を方寸匕(計量スプーン一杯)、水と服用する」。一日三度。
子供の口噤(歯を食いしばって口が開かなくなる状態)には「白牛糞を口中に塗るとよくなる」。
おとな、子供にかかわらず、突然吐瀉をはじめてやまないとき、新しい馬糞の「絞り汁をそそぐ」。干した馬糞の煮汁もまた効果がある。『肘後方』によると、これも扁鵲が残した処方だという。
子供が邪気に冒されたとき、「熱い馬屎を取り、搾り取った汁を子供に飲ませる。服用すれば下痢もよくなる」。
また「馬通三升を煙がなくなるまで熱して、酒一斗と三度煮沸して、滓を取り除き、子供を湯あみさせれば、すなわちよくなる」。
口に白馬矢汁を含めば、「風虫歯痛」が治る。
口中に新しい馬矢汁を満たし、仰いでそれを鼻から中にそそぐと、塞がれていた鼻が通るようになる。
「撹腸沙」[飲食によって引き起こされる腸閉塞などの張の痛み]を患い、死にたくなるほど痛いとき、「馬糞を細かく擦った汁を飲めば、たちまちよくなる」。
このほか、口や鼻からの出血、痢疾、悪瘡などの治療に馬糞灰が効く。