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古代の医家は桃符、桃橛など鎮鬼の物が病を治し、邪悪を駆逐するのにも使えることを認識していた。同じ思考方式から出発し、彼らは鍾馗像を神妙なる薬材ととらえるようになっていた。
李時珍『本草綱目』にも「鍾馗」という項目があり、それが「辟邪止瘧」の効用があると認識していた。李氏はまた二つの秘方を収録している。
一つは、画像の鍾馗の左足の部分を切り取り、焼いて粉末にし、水とともに服用すると婦人の難産を治すことができるというもの。
もう一つは、鍾馗像を燃やして二銭の灰にし[一銭は5グラム]、阿魏、砒霜、丹砂末を「寒食麺」と混ぜて、こねて小豆ほどの大きさの丸薬を作る。瘧疾が発病するたびに冷水といっしょに丸薬を一つ服用する。すると瘧はやむ。秘方はまた、効力があるとして、正月十五日と五月五日に丸薬を作ることを求めている。
中国人はひたすら伝統を重んじる。民間巫術の習俗はどれもその源はきわめて古い。鍾馗(終葵、鍾葵)は錐の同義語が変化して捉鬼の神の名称となった。錐撃鬼法が変じて鍾馗捉鬼伝説や関連した巫術となった。変化したとはいえ、伝統が途切れたわけではない。鍾馗捉鬼習俗は縮小された形で巫術によって代々継承されてきたが、その源流ははるかに遠いのが特長であるといえるだろう。