12)呪文による疫鬼禁治 

 呪文を用いて疫鬼を禁治する。これは術士がつねに用いる呪法である。『千金翼方』巻二十九「禁温(瘟)疫時行」に十数種の呪文が載っている。比較的短いものを二つ挙げよう。

 『禁時気却疫法』の呪文はつぎのとおり。


 吾是天師祭酒、当為天師駆使、頭戴日月北斗七星。(我は天師[尊称]であり、祭酒[官名]である。頭上に日月北斗七星を戴く)

吾有乾霊之兵十万人、従吾左右前後。(我は上天の兵士十万人を持つ。前後左右に我に従う者がいる)

吾有太上老君、天地父母在吾身中、左手持節、右手持幢、何鬼不役、何神不走、何邪不去、何鬼敢往? (我には太上老君がついている。天の父、地の母はわが体の中にいる。左手に竹節を持ち、右手に幢を持つ。どの鬼が使役されないだろうか。どの神が走って逃げないだろうか。どの凶神が駆逐されないだろうか。

急急如律令!(緊急事態だ、法律命令のごとく処せよ)


 孫思邈は自ら注をつけて言う。この呪文を唱えれば「万の悪が人に近づかない」と。

 また『禁温(瘟)疫法』の呪文はつぎのとおり。


 咄汝黃奴老古知吾否?(くそったれ、汝、黄色い老いぼれ犬よ、我を知っているか) 

吾初学道出于東方、千城万仞上紫宮、霊鋼百煉之剣利如鋒芒、斬殺凶咎、梟截不祥。(我ははじめ学ぶために東方へ向かった。千城万仞を越えて紫宮に至り、きっさき鋭い霊鋼百煉の剣で、凶悪なものを斬り殺し、不吉なものを叩き切る)

叱汝黃奴老古、先出有礼、後出斬汝!(くそったれ、汝、黄色い老いぼれ犬よ、先に出たなら礼がある。あとから出たなら叩き切る)

叱叱急急如律令!(しっし、緊急事態だ、法律命令のごとく処せよ)


 自ら注をつけて言う。逐鬼儀式において呪を実施したあと、呪文を唱えるときにかならず心に青竜、白虎、朱雀、玄武四神を思い浮かべなければならない、と。呪文を「黃奴老古」ともいうが、これは疫鬼に対する蔑称である。