(2)時間ごとの治療法(下) 

 『医心方』巻十四に引用する『范汪方』につぎのような禳瘧法が記されている。それには瘧疾発生の時間に応じた十二種類の法術がある。ただ列挙した鬼名と駆鬼法には別の貌がある。


<平旦(卯時)>に発作を起こす瘧疾は、「外郷鬼」(外部の村の鬼)の祟りである。発作前に、病人に告別するかのごとく衣を持たせると、旅をしたいと言い出す。するとたちまち病は癒える。

<食時(辰時)>に発作を起こす瘧疾は、「客死他郷鬼」(客死した他の村の鬼)の祟りである。発作前に、病人に故郷に帰ると偽りを言わせると、(鬼は)大通りや橋の下へと出たあと、逃げて(故郷に)戻ろうとする。

<禺中(巳時)>に発作を起こす瘧疾は、「市死鬼」(受刑して死んだ鬼)の祟りである。病人に枷(かせ)をかけ、鎖につなぎ、北に向かって座らせる。また浅い坑(あな)を掘り、周囲をまわる。

<日中(午時)>に発作を起こす瘧は、「溺死鬼」の祟りである。両手のひらに受け止めた水を庭にまく。南に向かって座り、浅い坑(あな)の周囲をまわる。

<日跌(昳、昃、未時)>に発作を起こす瘧は、「亡死鬼」(有罪で逃亡した死鬼)の祟りである。発作の前に病人に「吏よ、庭で汝を捕えよ」と言わせる。吏は庭であなたを捉えなければならない。

<晡時(申時)>に発作を起こす瘧は「首吊り鬼」の祟りである。病人を家の中の梁の下に寝そべらせ、病人の首に縄を巻く。

<日入(酉時)>に発作を起こす瘧は、「人奴舎長死鬼」の祟りである。発作が起きる前に病人にそれをひきうすの間に逃がす。

<黄昏(戌時)>に発作を起こす瘧は、「盗死鬼」の祟りである。病人を遠くの地に隠れさせる。彼がどこに行ったか人に知られてはいけない。

<入定(亥時)>に発作を起こす瘧は、「小児鬼」の祟りである。「病人が小児の墓の上の草木を折ると、たちどころに癒える」。

<夜半(子時)>に発作を起こす瘧は、「凍死鬼」の祟りである。病人に暖かい衣を着せる。浅い坑(あな)に座らせ、周囲をまわる。手に桃枝を持って飲食し、そのあと屋内に逃げ込む。ほかの人に気づかれてもかまわない。

<夜過半(丑時)>に発作を起こす瘧は、「囚死鬼」の祟りである。病人に官家が用いる刑具(司空の刑具)を持たせる。というのもそれらは「汝を鞭打つ刑具」だからだ。これは病人が平素から畏れているものを指している。病人を鞭打つ人であり、病人は彼に従っていくだろう。

<鶏鳴(虎時)>に発作を起こす瘧は、乳死鬼(死産の子の鬼)の祟りである。病人に藁(こう)を真菰の敷物とさせ(この一節は意味不明)、また病人に桃枝を手に持たせ、浅い坑(あな)の周囲をまわらせる。


 さて、考えてみたい。平旦、食時などの名称によって昼夜は十二の「時段」に分かれるだけでなく、それぞれ十二地支が配合される。この起源は秦代以前にたどることができる。

 睡虎地秦簡『日書』乙種には「日出卯、食時辰」などの十二時表がある。これは十二時辰のもっとも早い記述である。

 しかし「『史記』『漢書』『素問』「蔵気法時論」などの書や居延漢簡が記す時辰などを見ると、秦漢代の民間で広く使用されていたのは十六時間制であることがわかる。十二時間制は暦法家などごく一部の人が使用していたにすぎない。十二時間制が民間で一般的になったのは、前漢の終わりから新莽[王莽が簒奪して建てた新王朝のこと]にかけての頃である」。

 これを根拠に上述の二種類の禁瘧医方時代について考察すると、その上限は前後漢代より前ではないと推測できる。また酉時に瘧疾の発作が起きると、病人を碓の中に隠したり、碓の間から逃走したりする。つまり碓で米を搗くことを医方の作者が知っていたということである。碓は、脚で杵を踏み、水力で米を搗く道具である。水碓は後漢末期にしだいに流行した。これらを総合的に考えると、上述に引用した医方が書かれたのは、魏晋時代であることがわかる。


 引用した二つの医方は、酉時(日入)瘧鬼は「奴婢鬼」あるいは「人奴舎長死鬼」であると述べ、患者と碓に関係が発生するよう要求している。この種の描写は、きわめて古い考え方に起源がある。睡虎地秦簡『日書』乙種の十二時表には、「舂時酉」という語も見える。「舂時」は「日入」に相当する。舂者の多くは奴婢で、舂時の瘧鬼が死んだあと変じた鬼と考えられた。こうした想像と、秦人の考え方や習慣との間に密接な関係があった。


 『范汪方』は禳瘧方法に言及している。それは瘧が発した時間に応じて異なる法術を行うよう要求している。また瘧鬼の特徴を捉えて薬物治療を行う点を強調する。たとえば「平旦に発作が起きた者は、市死鬼(の祟り)であり、恒山[五岳の北岳恒山のこと]はこれを主とする。薬を服し、刀を持つ。食時に発作が起きた者は、縊死鬼(の祟り)であり、蜀木[蜀の地に生える巨大な樹木]はこれを主とする。薬を服し、縄を持つ。日中に発作が起きた者は、溺死鬼であり、大黄[中医薬で使われる植物]はこれを主とする。薬を服し、盆水を持つ」。これはいわば巫術と医術の混合である。