(3)符呪による瘧の治療(上)

 『千金翼方』巻二十九「禁瘧病」は十数種の禁呪法に言及している。この呪法は4種に分類される。


A <山水の神を呼び、瘧鬼を呑食する>

 「高山に登り海を望むと、水中に竜が見える。三頭九尾(三つの頭に九つの尾)の竜だ。(五穀は)食べず、瘧鬼のみを食べる。朝に(瘧鬼を)食すこと三千、暮に食すこと八百」「南山一神字銅柱。天門を出て地戸に入る話す者がいる。瘧鬼を捉え、鑊(おおがま 刑具)で煮る。南山一神字長丘[浙江省の歴史的地名]。早く起きて門に至り、家の周囲をめぐる。瘧鬼を捉え、頭を斬る」。


B <呪文と磚(れんが)>

 瘧疾を長年患う者は「まず磚(れんが)を一つ取り、病人を誰もいないところにいさせる。誰にも見られないようにする 」。この月の建日から破日まで、磚(れんが)を用いて地面をよく延(の)して平にし、磚の四角(よすみ)を持って地面に立てる。磚と対する地点の地面に北斗七星を画く。その近辺に「三台六星」[大熊座。二星ずつ、上台、中台、下台と呼ばれる]を画く。そして現在の旬(十日間)の「孤虚」を書く。すなわちこの旬に欠けていて、空虚とみなされる地支の名称である。北斗の中には小鬼が画かれ、北斗の柄のところには患者の姓名、年齢が書かれ、呪文が唱えられる。


 小鬼字(あざな)〇〇、年〇歳、従台入斗(台から北斗に入り)、瘧鬼断後(瘧鬼を断ったあと)……(不鮮明)


 呪文を唱えたあと、磚(れんが)を寝かす。もし患者が毎日瘧の発作を起こすなら、磚を「二七」で叩く。隔日で瘧の発作を起こすなら、磚を「三七」で叩く。三日に一回で、あるいはそれ以上の間隔で発作を起こすなら、磚を「四七」で叩く。磚を叩いたあと、周辺の土を用いて磚を積み重ね、また左手で土をつまみ、磚の上に撒く。そこを離れるときは振り返ってはならない。この方法は「大験」と呼ばれる。

 もし病人が術士に罪を着せるなら、術士は病人に瘧疾の発作を起こさせるのは簡単なことだと考える。十四日以内に患者の頭髪を取り、もとの場所に戻って磚を蹴り、呪文を唱える。


小鬼よ! 爾(なんじ)が斗[北斗]から台[三台六星]に入るなら、瘧疾は戻ってくるぞ! 


 病人はさらに瘧疾の苦しみを味わうことになる。


C <呪文と桃枝>

 日中時に南方に向かって立ち、北西の(北西に伸びる)桃枝を首や手足に巻き付ける。灰土を三圏に撒き、中央に刀を挿す。

そのあと「頭上戴九天(頭上に九天を戴く)、両手把九弓(両手で九つの弓を持つ)」などの呪文を唱える。

桃枝に呪文を書くという方法もある。「南山有地、地中有虫、赤頭黃尾、不食五穀、只食瘧鬼、朝食三千、暮食八百」(南山に地あり。地中に虫あり。頭は赤く、尾は黄色い。五穀を食べず、ただ瘧鬼のみ食べる。朝に三千食べ、暮に八百食べる)。

 朝、彼が顔面に泡を吹いていたら、呪文を十四遍唱える。そして病人の頭上に桃枝を掛ける。


D <呼鬼名法使用を偏重する呪文か、その他の魔除け使用を組み合わせた呪文>

たとえば、


唾! 瘧鬼翁字園(周)、母字欲、大児嬴長矣、小児如石、大女鬲甑炊、小女魯子因。玉道将軍取瘧鬼、不得停留、速出速出、不得停住。急急如律令! [唾を吐け! 瘧鬼翁字(あざな)園に。母字(あざな)欲に。大児嬴長矣(えいちょうい)に。小女魯子因に。玉道将軍は瘧鬼を取り、停留しない。速く出て、とどまらない。律令のごとく厳格に急げ]


登高山望海水、使螳螂捕瘧鬼。朝時来暮時死、暮時来朝時死。捕之不得与同罪。急急如律令![高山に登り海を眺め、螳螂(かまきり)に瘧鬼を捉えさせよ。朝に来て、暮に死す。暮に来て、朝に死す。これを捉えなければ同罪である。律令のごとく厳格に急げ]


呪文の内容から、術士は呪文を唱えるとき、実際に生きたカマキリを手に持っていた可能性が大きい。