(6)緊急の産気づけ巫術(上)

 以上の予防の禁忌、法術のほか、古代の民間には大量の救急性の促産巫術(お産を促す巫術)が流布していた。その内容は難産、逆子、死産の対処や胞衣を出すことなど、多方面にわたっていた。この種の巫術は多くが同類の事物の相互感応原理であったり、辟邪霊物(魔除け)の超自然的な力を利用して辟除災邪することであったりした。よく見られる促産(お産を促す)や易産(安産)の巫術にはつぎのようなものがある。


<門や窓を開く>

 『産経』に言う、「難産のとき、 門や窓を開けるほか、甕、瓶、釜などすべての蓋を開けると、おおいに効果がある」。つまり蓋を開けて通気をよくし、産婦の感応を誘引し、産道の通りをよくする。


<井戸や竈(かまど)を覆う>

 お産のとき、いつも着ている衣服で竈の上部や口をしっかり蓋をする。すると易産(お産がスムーズになる)の効果がある。夫の衣服で井戸の口を覆えば、胎児をすぐに取り出すことができる。これらは『医心方』で「神験」「神良」として称賛されている。井戸や竈(かまど)を覆うのと、門や窓を開くのは、巫医からすれば矛盾している。開くかふさぐかは、それぞれに解釈がある。井戸や竈をふさぐのは、血の汚れを防止し、井戸・竈の二神を穢気が犯さないようにするためである。


<滑疾のものを用いる>[滑疾は、なめらかで疾(はや)いこと]

 産婦は手に(モモンガ)の毛皮を持つ。

暗がりの中で産婦の衣の中に馬の鬣(たてがみ)をつなげる。

産婦は飛鳥の羽根か「飛生虫」を身につける。

 弩弓の弦(いと)を産婦の衣の中にぶらさげる。これらはどれも易産(安産)の効果が確認できる。これらの法術は迅速に産婦が感応して心地よく分娩できることを願うものである。ほかの易産法術は、なめらかなもの(滑利)を佩帯することを強調する。 たとえばカワウソの皮、腰にまとう蛇の抜け殻などである。こうした滑利な(なめらかな)ものは産婦にもなめらかな出産を与えると考えられた。


<夫のものを用いる>

 上述の「夫の衣服で井戸の口を覆う」のほか、「夫の褲(ズボン)の帯を取り、焼いて粉末にし、酒と一緒に飲む」というのもある。

 「大豆を割り、夫の名を大豆に書き入れ、それを呑み込む」。

 「夫に口に水を含ませ、産婦の口に二七遍(14回)移させる」。医書によると、逆子の足裏が見えてくると、夫の名を書いたことによって、胎児は順当に生まれてくるという。

 「夫の陰毛を二七本(14本)取り、焼いて、豚の膏(ラード)と大豆のような丸薬と一緒に飲み込む。胎児の手に丸薬が握られ、神の効き目がある」。

 夫の十本の指の爪を切り、よく焼いて粉末にして服用させる。

 また医方によると、夫の小便一升を飲ませる。あるいは「夫の屎尿二升を取り、よく煮てこれを飲ませる」。これにより死産の子を下ろす。


<ウサギの脳を用いる>

 蝋月、ウサギの脳を紙の上にむらなく押し伸ばして、陰干ししたあと、その紙を切って符を作り、「生」という文字を書き入れる。陣痛のとき、産婦の髪に挿している釵(かんざし)でこの符をはさみ、灯火で焼いて灰を作る。丁香酒[黃酒を主成分とする薬酒]といっしょにこれを呑む。

 これと似た方法として、ウサギの脳などから「催生丹」(分娩促進薬)を作る方法がある。蠟月、二つのウサギの脳を紙の上で押し伸ばし、陰干しし、蝋祭(十二月八日)の前日に(明月のように)明るい乳香とウサギの乾燥脳を混ぜて研磨し、粉末にする。

当日の夜、外に卓を出し、果物や香茶などの捧げものを並べる。香を焚き、北帝に向かって祝寿を述べる。


大道弟子某、修合世上難産婦人薬、願威霊佑助此薬、速令生産。(道理ある弟子某、世のために難産の婦人のための薬を作らんとするに、すみやかに子が生まれるよう、威霊の助けを願います) 


祝寿を述べ終わると、祈祷文とウサギの脳の粉末を卓の上に並べ、一晩置く。

 翌日(隴祭の日)の日の出前、豚肉(脂?)とウサギの脳の粉末などを合わせて丸薬を作る。それを紙袋の中に入れ、風通しのいいところに掛けておく。

 難産のとき、酢湯(スープ)といっしょに丸薬を呑む。効果がないときは、今度は冷酒とともに服用する。そうすると胎児をうまく出すことができる。薬を調合した者は「この神仙の処方、きわめて効果がある」と宣する。

 ウサギの脳の服用法は、滑疾(なめらかで速い)のものの使用法と原理上相通じるものがある。つまりウサギの脳の滑性や脱兎の迅速性を利用しているのである。