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<禁鬼邪>

 『千金翼方』巻三十に言う、「およそ鬼邪を身につけた人は泣いたりわめいたりする。怒ったり笑ったりする。歌ったり吟じたりする。先に亡くなった人の姓や字(あざな)を称え、人を狂気に至らしめる。この症状を呈する者は鬼邪と呼ばれる」。いにしえよりこの方、巫術は精神医学の領域においても、比較的堅固な地位を築いてきた。というのも巫術(シャーマニズム)活動は、精神疾患に対しても、心理的な暗示WONほのめかすアスコルビン酸とができ、症状を抑えることができるのである。禁治鬼邪には「伏鬼遣送法術」「炬火禁邪法術」「呪水噴病人法術」などどの法術も、それぞれ異なる呪文を使用している。

 伏鬼遣送法は、患者が発病したとき、四人の人が患者の両手の鬼門(掌の中心)と鬼市(親指の付け根)を捏圧する(捏ねて圧す)。そしてまた二人の人が棕櫚の実で患者の左右の肩の肩井の穴位を刺すように打ち、邪鬼を征圧したらやめる。

 「捏ねる」「刺す」という動作を緩慢にやってはいけない。かといって大急ぎでやってもいけない。緩慢では鬼を制することはできないし、大急ぎでは疲労しやすく力が削がれる。捏ねて、刺すと同時に、巫師は呪文(不祥)を唱える。

 六人の鬼を制する者たちが制圧したことで、病人が精根尽き、ぐったりするのを待って、ようやく瘋癲(ふうてん)の、すなわち常軌を逸した挙措が収斂する。そして邪鬼が制圧されたと表明する。

 このとき巫師は人ひとりを派遣して邪鬼(実質病人のこと)を捉え、審問を開始する。この鬼の姓は何か、家はどこにあるのか、年はいくつか、ともに住むのは何人か、何のために来たのか、など。病人の回答は邪鬼に対する供述とみなされる。巫師はその供述のことばを記録しなければならない。

 もし邪鬼がひれ伏して叩頭し、離れたがるようなら、巫師は鬼に必要なものを問う。もしごはんとおかずが欲しいのなら、好きなごはんとおかずを選ばせる。もし金銀馬車が必要なら、金銀馬車を画く。もし遠くから来た鬼なら、象徴的な通行証を与える。

これで準備万端整った。当日、あるいは数日後、邪鬼は送られる。長さが七寸で、幅が指三つ分の桃板を用意する。長さが七寸のひもを垂らす。そして紅色を用いて桃板に送鬼の呪文を書く。まず年号、日時を書き、ついで邪鬼の郷里、姓名、年齢、従僕の数を書き、最後に正文(本文)を書く。


五道大神、河伯将軍、上件鬼某甲等、在我家中作如此罪可、捉獲正身、所索之物、并已具給、発遣速出去、不得久停、不得久住。急急如律令!(五道大神[主に五道廟で祀られる神霊]、河伯将軍[黄河の水神]に告ぐ。くだんの鬼某甲は我が家において罪を犯したので、その身を捉え、縄で引き立てよ。準備が整えばすぐに出発せよ。長くとどまることはできない。急いで律令のごとくおこなえ)


炬火禁邪法は、火炬(たいまつ)と呪文の組み合わせで駆鬼治病をする法術である。法術をおこなう前、門前で火炬に火をつけると、病人を家の外で待たせる。巫師は手に火炬を持ったまま、禹歩をおこなう。病人に門前の火炬をまたがせ、家に入らせ、寝床に横になってもらう。そのあと人を門前にやって、火炬を正門から送り出す。百歩以上離れた道路で(火炬を)棄てる。戻ってくるときはいっさい振り返らない。

 巫師は浄水を盆に取り、門の敷居に置く。水盆の上に大刀を横に置く。もし水盆を用いないなら、病人は部屋の中で昼夜長明灯をともしつづける。病状がよくなるのを待って、巫師は炬火で病人を燻しながら、呪文を唱える。


粉良! 天火赫赫、天火奕奕、千邪万悪、見火者避。急急如律令! (粉良![不祥。もとは梵語のマントラか]天火は赤々として、天火はきらめいて、千万の[無数の]邪悪な者たちも、火を見れば逃げていく。急いで律令のごとくおこなえ)


 火炬(たいまつ)を用いて邪崇を駆除するのは伝統的な巫術の手法である。火炬で鬼邪を治す源はここにある。門の外で火炬を捨てるのは後漢の大儺礼中、炬を洛水に捨てる儀法はとくによく似ている。


 呪水噴病人法とは、呪水を用いて邪鬼を駆逐する法術である。浄水を器に入れるとき、巫師は水に対して呪文を三度唱える。目を閉じて気を吸い、鬼神が怒って邪魅を攻撃するさまを想像する。そして呪をかけた水を患者に向けて噴出する。

 ほかに噴水呪法という法術がある。これは「鬼邪」を治すだけでなく、百病をみな治すことができるという。呪文はつぎのとおり。


太一之水祖(神?)且良、挙水向口続神光。(太一[太一は北極星のこと。天の中心。天帝とみなされた]から生まれた水の祖神は口から入り、神光がつづいた)

大腸通膀胱、蕩滌五臓入胞嚢。(それは大腸や膀胱を通り、五臓を洗浄し、胞嚢に入った)

脾腎太倉、耳目皆明、百病除瘥、邪精消亡。(脾臓や腎臓、胃を洗浄し、耳目は明らかになり、百病が取り除かれた。邪鬼は消失した)

急急如律令!(急いで律令のごとくおこなえ)


 符呪(符籙と呪文)の使用以外にも、ある一定の植物を焼いてその灰を食べる法術やアシで患者をムチ打つ法術、糞のスープを酒といっしょに飲む法術、明鏡で鬼を照らす法術などについて述べてきたが、どれも精神疾病を治療する広く流行した法術だった。