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<禁遁注>
遁注(とんちゅう)とは、なかなか治らない、伝染性の疾病のことである。「注」は「疰(しゅ)」とも書く[疰は慢性伝染病。疰夏は、夏に感染する熱病]。漢代の術士は符籙や呪文を書いた陶製の瓶や罐(かん)を墓内に入れ、注病を圧迫した。この種の遺物の出土は珍しくない。
『千金翼方』巻三十には禁遁注の呪文が大量に記録されている。もっともシンプルなものを挙げよう。
東方青注、南方赤注、西方白注、北方黒住(注)、中央黃注。(東に青い注病、南に赤い注病、西に白い注病、北に黒い注病、中央に黄色い注病あり)
五方五注、何不速去?(五方向に五つの注病。速く行かない理由があるだろうか)
雷公霹靂、欲居汝処。(雷公の霹靂。汝のところに居たいと欲す)
吾唾山山崩、唾石石裂、唾火火滅、唾水水竭。(我が山に唾を吐けば、山は崩れる。石に唾を吐けば、石が裂ける。火に唾を吐けば火が滅す。水に唾を吐けば、水が枯れる)
吾唾五毒、遂口消滅。(我が五毒に唾を吐けば、それは駆逐され、消滅する)
急急如律令!(急いで律令のごとくおこなえ)
<禁㿗(たい)病>
㿗(たい)とは疝気(せんき)のことで、つまりヘルニア。症状は陰嚢の膨脹である。漢墓帛書『五十二病方』には多くの治㿗(たい)方法が記されている。どれも巫術的な性質を帯びている。すでに述べたもの以外にもつぎのようなものがある。
術士は柏木の杵を手に持ち、禹歩で三周しながら呪文を唱える。
賁(ほん)者一襄胡、濆(ほん)者二襄胡、濆(ほん)者三襄胡。[賁者、噴気者などは術士の自称。胡は狐に通じ、襄は攘、禳に通じる。襄胡は狐の祟りを祓い、除くことを意味する]
そして一族の者が患者を抱きかかえて東の窓の外の道路に連れ出す。これをもって杵で「鬼」を打ったとする。
日の出のとき患者を東に向かせてひさしの下に坐らせる。また人に柏の杵をもたせて西を向いて立たせる。術士は大きな声で言う。
「今日はなんてすばらしい日だ。〇〇の㿗疝(たいせん)も今日はよくなるだろう! 疝鬼よ、おまえの両親は柏の杵によって死んでしまったぞ。父親は搗かれて死んだ。息子はなぜ祟るのをやめないのだろうか!」
呪文を唱え終えると、柏の杵で患者の身体の十四か所を搗く。搗き終わると患者にむかって叫ぶ。「〇〇よ、起きなさい!」。すると疝気はすっかりよくなっている。
辛卯の日、術士は堂の下に立ち、東方の太陽に向かい、人に患者を起こさせて命じて言う。「今日は辛卯である。あなたの名を禹に変えてさしあげよう」。
㿗疝患者のなかには夜間小便ができないものがいる。この症状は狐鬼のいたすところとみられているので、狐疝と称せられる。『五十二病方』にも狐に関連した禁法が言及されている。たとえば辛巳日に劈牲祭神をおこない、「賁辛巳日」と三度唱える。そののち呪文を唱える。
天神已下来干預疾病、神女在倚傾聴天神之語。(天神はすでにここにきて疾病を予言していた。神女は危険な塀で天神のことばを聞く)
某某狐鬼、這里不是你久留之地。(〇〇狐鬼よ! ここはおまえがいるべき場所ではない)
趕快停止作祟、否則用斧殺你!(祟りをなすのはただちにやめよ。でなければこの斧でおまえを殺すだろう)
この呪文を唱え終わると布(斧?=原文ママ)を用いて病人を十四回打つ。
『五十二病方』には刖(げつ)の者が義足で病人を突き刺す法術や女子の生理布を浸した水を飲むなどの巫術的な法術が記されている。[刖は両足を切り落とす古代の刑法。現代において義足は偽足と呼ばれる。ここでは仮足と呼ばれているので、もっと簡素なものなのだろう]