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<禁破傷>
何かが刺さって傷ができたなら、まず止血しなければならない。『五十二病方』に「男子竭、婦子〇」[〇は載の車を酉に置き換えた字]の六字呪文が載っている。これは現時点ではもっとも古い止血呪である。男子の血が枯渇し、婦子(女子)の血が漿(どろりとした状態)になったため、血が流れることはなく、止まったことになる。
『千金翼方』巻三十には多くの種類の止血呪が載っているが、「一唾断血、両唾癒瘡」(唾ひと吹きで血が止まり、ふた吹きで腫物が癒える)「吾禁此瘡、金血須止」(我、この腫物を禁ず。金の、すなわち武器による血はこれで止まる)と、内容はどれも似ている。
武器による刺し傷の傷口が長く癒えない場合、炎症を起こして化膿する。これを古くは金瘡と呼んだ。多くの呪法は金瘡を癒すのを目的としている。
『千金翼方』巻三十に記録される呪法は比較的複雑なものである。
正月一日、日が昇る前、四面の家の壁の上から塵土を取り、酒や井華水と混ぜる。四方向に三度拝し、そのたびに呪文「言受神禁願大神」を唱える。そして口に含んだ(塵土を含む酒と)水を四方に噴出する。正午、おなじことを繰り返す。
七日間、斎戒をつづける。七日後、呪文を唱える。
日出東方、恵恵煌煌、上告天公、下告地皇。(日の出の東方は、恵々とし、煌々としている。天公に上告し、地皇に下告する)
地皇夫人、教我禁瘡。(地皇夫人よ、禁瘡について教えよ)
吾行歩不良、与刀相逢。(我行くもよからず。刀と相まみえる)
断皮続皮、断肉続肉、断筋続筋、断骨続骨、皮皮相著、肉肉相当、筋筋相連、骨骨相承。
今会百薬、不如神師、一唾止痛、再唾癒瘡。(今、百薬と会う。神師にあらず。ひと唾で痛みを止め、ふた唾でできものを癒す)
北斗七星、教我禁瘡、南斗六星、使瘡不疼不痛、不風不膿。(北斗七星よ、禁瘡について教えよ。南斗六星よ、瘡の疼痛を取り除け。風も膿もいらない)
北斗三台、転星証来。(北斗三台よ、星を転じて明かせよ)[三台も星座]
急急如律令!(急いで律令のごとくおこなえ)
漢代には、裂牲祭神と呪詛火精による火傷治療法術があった。唐代には「上付河伯、還付壬癸、火精毒滅、入地千里」といった治焼傷呪文があった。壬癸は水を表し、それゆえそれと河神は火精をこらしめた。伝説によれば、どんな困難でも厭わない巫師が用いた呪文がつぎのものである。
竜樹王如来、授吾行持、北方壬癸、禁火大法。(竜樹王如来よ、我、北方壬癸に禁火大法の行持を授けたまえ)[竜樹王如来はナーガールジュナのこと。王や如来を付けるのは、信仰心の表れだろう。行持は修行に勤め、仏法戒律を守ること]
竜樹王如来、吾是北方壬癸水、收転(斬?)天下火星辰、千里火星辰必降。(竜樹王如来よ、我は北方壬癸の水である。天下の火星の辰を転じよ(斬れ?)。千里の火星の辰を必ず降せよ)[火星は凶神。火は水に降される]
急急如律令!(急いで律令のごとくおこなえ)
この呪文は火を避けるために用いられるだけでなく、火傷を負った病人の治療のためにも用いられた。