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 孫思邈『千金翼方』巻三十に「禁蛇毒」の章があり、駆蛇や解蛇毒のときに使用される呪文が記録されている。たとえば毒蛇出現の予防のために、三月三日の夜、北を向き、香を焚き、気を閉じて呪文を三七遍(21回)唱える。呪文はつぎのとおり。


日出東方、赫赫煌煌、報蛇虫、遠逃深蔵。(東に赤々とした、煌々と輝く日が昇る。蛇のおまえに知らせよう。遠くに逃げ深くに隠れるおまえに)

你若不蔵、鸛鵲歩剛(罡)、食你蛇頭、呑汝入腸。 (もしおまえが隠れていないなら、コウノトリが強く歩いてくる。それはおまえを、蛇の頭を食べるだろう。汝を食べて腸に入れるだろう)

大蛇死、小蛇亡。(大蛇も小蛇も死ぬことになる)

急急如律令!(急いで律令のごとくおこなえ)


 毒蛇に毒を収めるよう命じる呪文は、蛇の天敵を一つひとつ列挙する。それは蛇を制圧するたんなる霊物リストというわけではない。


犀牛角、麝香牙、鸛鵲嘴、野豬牙、啄蛇腹、腹熟、啄蛇頭、頭爛。(犀牛角、すなわち犀の角、麝香牙、すなわちジャコウジカの牙、野豬牙、すなわちイノシシの牙、つついた蛇の腹、とろとろした腹、つついた蛇の頭、ぐちゃぐちゃの頭)

蜈蚣頭、鴆鳥羽、飛走鳴喚。(ムカデの頭、鴆鳥の羽根、飛んで鳴くもの)

何不急摂汝毒、還汝本郷江南畔!(どうして急いで毒を摂取しないのか。故郷の川の南畔に戻らないのか) 


 禁蛇の呪文は鳳凰にも言及する。「道辺一木、百尺無枝、鳳凰嘴如糸、速去速去吾不知!」(道端に一本の木がある。百尺あって枝がない。鳳凰の嘴は糸のごとく細い。はやく去れ、はやく去れ。我は知らず)


 孫思邈は書く、呪文によってはまさに毒を禁ずることを唱えるが、逆に毒を発することを唱えるものがあると。

ある人が蛇に咬まれ、傷を負うと、「寅加卯、寅加卯」(寅に卯を足せ)を三度唱えながら蛇の頭を圧すると、毒は消える。

逆に、蛇の尾を押さえながら「卯加寅、卯加寅」を三度唱えると、蛇の毒は激烈に拡散する。

 このように止毒の呪文を逆に唱えると、発毒になる。呪文の大半は「地支」の名称である。たとえば「庚寅卯、庚寅卯」と三度唱えれば止毒なのに対し、逆に「卯寅庚、卯寅庚」と三度唱えれば蛇毒を発することになる。すなわち「辰生巳、辰生巳」と唱えれば止毒で、「巳生辰、巳生辰」と唱えれば発毒である。

[「寅加卯」を見ると、八字命理(四柱推命)学のなかで、寅木と卯木はどちらも地支の「木」に属する。それらは一緒になるとおなじ元素なので、「相合」することはあっても、「相克」することはない。寅木は大樹、橋、高い建物などを表し、卯木は小樹、花や草などを表す。寅木も卯木も生火、泄水(水を排する)、耗金(金を費やす)、克土(土に克つ)、助木(木を助ける)の作用を有する]