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 『千金翼方』巻三十「禁経下」には、唐代以前に用いられた滅鼠呪法の締めくくりが載っている。孫思邈(そんしばく)が論じたように、ネズミたちに洞(あな)から出るように号令し、一か所に集めるのが「集鼠法」である。そのなかの一法は、まず家の中のネズミの穴の前をきれいに掃除する。そして桃枝の間を茅草で作った縄で結び、ネズミ穴の前に仕掛け、呪文を唱える。


天皇地皇、卯酉相当。(天皇よ、地皇よ、当てはまるのは卯と酉である)

天皇教我圧鼠、群侶聚集一処。(天皇が我にネズミの制圧の仕方を教えてくれた。ネズミのつがいの集団を集めた)

地皇教我圧鼠、群侶聚集一処。(地皇が我にネズミの制圧の仕方を教えてくれた。ネズミのつがいの集団を集めた)

速出速出、莫畏猫犬、莫畏呪咀(詛)。(はやく出よ、はやく出よ。猫や犬を畏れるな。呪詛を畏れるな) 

汝是猫之仇、又非猛獣之侶。(汝は猫の仇である。また猛獣の仲間ではない)

東無明、南無明、西無明、北無明、教我圧鼠失魂精、群陽相将、南(西とも)目失明、呼喚尽集在于中庭。(東に明かりはない、南に明かりはない、西に明かりはない、北に明かりはない。ネズミを制圧し、それが魂精を失う仕方を教えよ。ネズミのつがいの群れは陽に集まり、相従う。南の目が失明し、中庭に集まって喚き騒ぐ)

急急如律令!(急いで律令のごとくおこなえ)


 べつの法術はこうである。施術者は香湯を用いて体を洗う。また香湯を家の中と庭にまく。ついで三本の刀を三家の「漿粉」を盛った三つの盆の上に置く。[漿粉とは、麩や麺から分離し沈殿したものを固めた食品]

 それぞれの盆のまわりに灰をまく。盆から三尺離れたところに筆を置く。

 あらゆるネズミ穴の前に、一尺幅の帯状に灰土をまく。また灰土の上に「子(ね)」の字を書く。一説には、ネズミ穴の上に「紫」の字を書く。[紫と子は音が同じ(zi)。また紫は皇帝や帝王といった統治者の崇高さを象徴する色。その権威でネズミを抑え込もうというのだろう]

 そして呪文を唱える。


北斗三台、招揺所録、天李目形、必帰所属、寄食附人、寄穴我屋、胡為楊時、飲食欲熟、急勅鼠王、召集眷属。(北斗、三台、招揺といった星々に記録されている桃の形の目をした者よ。かならず棲み処に帰ってくる者よ、人の近くに寄生して喰い、わが家の穴に棲む者よ。なぜ儒学者楊時が言うように静かにしないで、熟れた食べ物に喰いつくのか。ネズミの王よ、反省せよ。眷属を招集せよ)

大鼠小鼠、并須来食。(大ネズミも小ネズミも来て食べよ)

側立単行、洗蕩心垢、伏罪勿走。(一本の線に立ちなさい。心の垢を洗い流し、罪をつぐない、逃げてはいけない)

汝父小奚、汝母幽方、汝兄阿特、汝弟阿当、汝妹僕姜。(汝の父小奚、母幽方、兄阿特、妹僕姜、家族みな)

室家相将、帰化坐傍、固告勅汝、莫以旧為恒。(家の中に集まり、坐りなさい。汝に厳しく命じる。今までしたことをつづけてはいけない)

急急如律令!(急いで律令のごとくおこなえ)


 施術の前に、四方に香湯をまいているので、この種の呪法はネズミを召喚するためのものであることがわかる。


 『千金翼方』「禁経下」はネズミの群れを駆逐する方法を「去鼠法」あるいは「解放鼠法」と呼んでいる。呪文はつぎのとおり。


鼠必栗兜、牛必栗兜、蛾蛾必栗兜、犯犯必栗兜、母名必栗兜、三喚神来赴、欲辟之法。

悉在華上、勿得東西。


 この呪文の意味ははっきりしない。とくに栗兜の意味は不鮮明だ。

もう一つ、呪文がある。


日東向昿二里、西向昿二里、辟方八里、此広闊耐停止。

鶏零星、牽至庁。

鶏零禄、牽至獄。

汝得此中行、勿得与人相牽触、当断汝手足。

急急如律令! 


 これはネズミのために八里四方の新しい土地を按排し、そこに移住するように命じたものである。


 「禁経下」には「禁鼠耗并食蚕法」というのも記されている。呪文はつぎのとおり。


天生万虫、鼠最不良。(天は万の虫を生む。そのなかでももっともよくないのはネズミ)

食人五穀、啖人蚕桑。(人が五穀を食べるように。蚕が桑を食うように)

腹白背黒、毛短尾長。(腹は白く、背が黒い。毛は短く、尾は長い)

跳高三尺、自称土公之王。(三尺も跳び、自ら土公の王と称す)

今差黃頭奴子三百個、猫児五千頭、舎上穴中之鼠、此之妖精、呪之立死。(黄色い頭のやっこ、すなわちネズミ三百匹、猫の子五千匹、家の上の穴のネズミ、この精怪よ、呪をかければたちまち死ぬ)

随禁破滅、伏地不起。(禁によって破滅せよ。地面に倒れて起き上がるな)

急急如律令!(急いで律令のごとくおこなえ) 


 以上のネズミを集める呪文とネズミを駆逐する呪文を比べると、こちらのほうが、語気が強く、厳しく、凶悪でさえある。