(4)禁悪犬
古代の禁犬法術には、犬に咬まれる、犬に吠えられるのを防ぐほか、犬に咬まれた傷を治療する法術が含まれる。
唐代以前は多くの「禁犬令不咬人法術」が流布していた。たとえば、某家を訪ねたとき、門を入る前に正門の右側を踏んで、呪文を唱えた。
主人某甲家門丞戸尉、籬落諸神、主人有狗、黃白不分、師来莫驚、師来莫瞋。(某家の門には門神、すなわち左の門丞と右の戸尉が守っている。籬には諸神が守っている。主人は犬が守っている。黄色と白色に分かれていない。師が来ても驚かない。師が去っても目を見張らない)
急如律令!(急いで律令のごとくおこなえ)
禁狗噛人法術と関連があるのは「禁狗不吠人法術」である。おもな用途は悪犬が激しく吠え立てるのを防ぐことである。[悪犬とは、ピット・ブルやカナリ―犬、土佐犬など気性の荒い、獰猛な種類の犬のこと。もちろん古代においてはそこまで厳密ではなかったろう]
呪文は以下の通り。
黄狗子!(黄色い犬よ!)
養你遣防賊捕鼠、你何以噛他東家童男、西家童女?(おまえを養い、盗賊を防ぎ、ネズミを捕えるために派遣した。それなのになぜ東の家の男児を、西の家の女児を噛むのか)
吾請黄帝、竈君、震宮、社土付与南山黄斑、北山黒虎、左脚踏汝頭、右脚踏汝肚、向暮必来咬殺食汝。(我は黄帝に、竈君に、請願する。震宮の祭祀用の土を南山の黄斑[虎]、北山の黒虎に付与することを。左脚で汝の頭を踏み。右脚で汝の腹を踏もう。夕方にはかならずやってきて汝を食い殺そう)
狼在汝前、虎在汝後、三家井底黄土塞汝口。(汝の前にはオオカミがいる。汝の後ろには虎がいる。三家の井戸の底の黄土で汝の口を塞ぐ)
吾禁你四脚踡不得走、右擲不得、左擲搦草。(我はおまえが四つの脚を縮こまらせて走るのを禁じる。右に身を投げ出すことも、左の草をつかむことも禁じる)
吾来上床、汝亦莫驚。(我が床の上に来ても、驚くことはない)
吾出十里、汝亦莫起。(我は十里離れても行くだろう。汝は起き上がってはいけない)
急急如律令!(急いで律令のごとくおこなえ)
この呪文の第一句の反問と漢墓帛書『五十二病方』のつぎの治漆瘡(漆によってできたできものの治療)の呪文はきわめてよく似ている。
天啻(帝)下若(汝)、以桼(漆)弓矢、今若為下民疕(瘡)。(天帝は漆を塗った弓矢を汝に射るだろう。民衆は瘡(できもの)に苛まれるだろう)
どちらも、なすべきことをしていないとして、あるいは常ならず人を害したとして、呪詛の対象を非難している。その口ぶりは、祝由術でおなじみのものである。
犬に咬まれたあとの解毒駆痛呪法というのがある。
施術前、吸気吹気(気を吸い、吐く)し、犬の目を圧し、左に向かって眼球を回転させ、本季の「旺」の方向に向かって呪文を唱える。
犬牙狗歯、天父李子、教我唾汝、毒出乃止。(犬の歯よ、牙よ。天の父よ、李の子よ。汝への唾のかけ方を教えよ。出した毒の止め方を教えよ)
皇帝之神、食汝脳髄。(皇帝の神は汝の脳髄を食べる)
白虎之精、食汝之形。(白虎の精は汝の体を食べる)
唾汝二七、狗毒便出。(唾を二七十四回吐き、犬の毒を出す)
急急如律令!(急いで律令のごとくおこなえ)
呪文の内容からすると、施術者は呪文を唱えたあと、十四回唾を吐かなければならない。
泥丸(泥の丸薬)で傷口を擦るのは、治狗咬法術の常套である。擦るとき、しばしば呪文と唾法を組み合わせる。たとえば家の西側の建物の櫓の下の土を取って、よく搗いて粉末にし、それを絹の包みに入れ、大苦酒と混ぜて、鶏卵大の泥丸を作る。それを瘡(できもの)に擦り、呪文を唱える。三回唱えたら、泥丸を割り、真ん中に色の変わった犬の毛が出てきたら、施術は成功したとみなされる。