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 工匠魘魅術がさかんな頃、その破解法もまた発展した。明清代に流行した禳解法は呪語が主流だった。高濂はいった。「建築のはじめ、まず四方の土木の神を祭り、(神に)告げなければならない。その祭文にいわく、「ここに家屋を建てるに、その木、泥、石、絵の人に魘鎮呪詛をかけるも、百日以内なら、自ら禍を受けるなり」。あらかじめ霊たちと盟を結び、災禍と無関係なら、あちらは被害を受け、こちらの家は安寧である。また船を造る場合も同様である。木工(大工)が木柱をさかさまにして使っているのを発見すると、斧で木柱を叩きながら、呪文を念じる。

「さかさもよし、さかさもよし。この家に住めば、代々衣食に事欠くことはない」。

家屋が完成すると、家族全員が柳の枝を持ち、家屋のまわりに水を浴びせる。水をかけては、呪文を唱える。

「木郎よ、木郎。すみやかによそへ行け。作った者は苦しむ。なす者は耐え忍ぶ。すべての魘(夢魔)を鎮めよ。我を妨げるな。急急一如太上律令勅!」

 呪法のほかにもまた「説破(明確に言うこと)法」がある。高濂は言及する。どんな種類の工匠(職人)であろうとも、魘鎮をおこなっていることをはっきりさせ、「説破不妨」すなわち言葉に出してそのままにすれば、たくらみは明るみになり、危害は加えられない。

 もう一つの呪法は木工(大工)の用具やのこぎりから落ちたものに注意すること。「木匠が人に魘の呪術(魘魅術)をかけるとき、(木偶の)頭に木の串を挿すが、これを挿せとは不令(命じない)、すなわち不霊(霊験なし)である」「木工が器物(すなわち魘物)を作るとき、かならず頭に棒墨を挿す。このままにしてはじめ木をもこぎりでひくと、脳がこれを認識し、無数に裂ける。すなわち知恵はあるが、霊験はない。

 ある人は言う。「家屋が建て終わったとき、まず工匠(職人)は墨壺、墨糸、棒墨を留め、絹の包みに入れて棟所(屋根の下の棟)に隠さなければならない。とくに工匠には魘の法術をやらないように、そして家屋の中を鎮めるよう命じなければならない。それで吉が得られる」。それで木工の手によって魘魅術をおこなったことが発覚する。雇い主は魘魅術を破解することによって巫術の意義も理解できるのである。

 魘鎮物とそれを置く者との間には深い関係があると信じられているので、これらを破棄するのは破解の術とみなされる。すなわち呪術を行う者への罰なのである。上述のように偶人を焼き、沸騰した油で木竜を揚げるのも罰の一例だ。沸騰油で魘鎮の物を揚げるのは厳しい制裁法とみなされる。

「沸騰した油で揚げられるなら、魘鎮の術をおこなった者はたちどころに死んでしまうだろう」「厭勝をおこなう者はかならず油で揚げられる」。

術士は刀や槍を寄せ付けない。邪悪なものはかなりしつこい。魘鎮物を油で揚げる(油炸)のは、まさに妖物・妖人のしたたかさに思い至り、さらに辛辣な措置を取るということである。