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 黃谷家の家から発見された数個の物証にはどんな罪状があるとみなされているのだろうか。当時の人の解釈はつぎのようになっている。

①「五順」「五逆」と両面に書かれた将棋の駒は、黃氏夫妻が蠱術をおこなうときの占いの道具である。駒の片面に「順」とあるのは当日外来の客人に蠱術を施すことを示し、「逆」とあるのは「本家の一人が受けることを推進する」ということである。

②針鼻(針の穴が開いている頭の部分)のない針は、蠱毒を取る道具。蠱家は水面に浮かぶ蠱毒を針眼で取ることを学ぶ。このあと針眼は棄てる。11本の眼のない針が見つかったということは、黃谷がすでに11人の命を害したということである。

③五色の糸は蠱の食べ物。「蠱は喜んで錦を食べる。錦が得られないなら、これを代わりとする」。すなわち五色の糸は錦の代用品である。

④銀飾の錠は、蠱に嫁ぐとき別の人を誘って蠱の財物を拾わせるのに用いられる。「毒を他家に分けるためにこれを捨てる。得をしたと思って拾うと、鬼もいっしょに拾ってしまったことになる」。このように蠱術を信仰する者は、物事をきめこまかく見ていると解釈される。すなわち十分に黃谷の罪を証明することができる。この件が片付くと、人々は競うように訴え始めた。だれもが「(黃)谷は罪人であり、天とも通じている」と認識した。余靖は民から害を取り除き、はなはだしい功績があった。賛美する詩が作られ、その名は永遠に記憶されることになった。

 現在からこれらの「証拠」を見ると、一つとして成立するものはない。駒を使った占いは一定ではなく、蠱の実施を占うことは、現在普通に見られるコイン投げ(表か裏か)と蠱を飼うことが無関係なのとおなじである。目のない針は、女性用の壊れた針である。五色の糸や銀飾の錠はよくある装飾品である。これらが蠱を飼っていることを意味するというのは、ムカデを見ればその家でムカデを飼い、蜈蚣蠱をやっているとみなすのとおなじである。これらはみな信仰からはじまって罪を作り上げている典型的な事例と言えるだろう。