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 晋代にある人が葛洪に聞いた。道術を使いこなすが、道徳を会得していないので、名山に身を隠す(こもって修行する)ことができない。こんな世情で純朴でない盗賊ばかりの社会になってしまった。出現する災禍をどうやったら防げるだろうか、と。

 葛洪はそれに答え、三種の厭盗法を列挙した。

「つねに執日(黄道吉日)に六癸(の方向)の土、百葉の薫草、門戸の泥一尺を取れば、すなわち盗賊は来ない」

 『日書』「秦除」によると、正月未日、二月申日、三月酉日、四月戌日、五月亥日、六月子日、七月丑日、八月寅日、九月卯日、十月辰日、十一月巳日、十二月午日をひとしく執日とする。葛洪が言う執日とは、正月から十二月までのすべての執日のことを言う。六癸とは方位の概念である。『抱朴子』「登渉」は『遁甲中経』を引用して言う。「六癸を天蔵とし、六已を地戸となす」と。六癸は術士が盗賊に対してつねに言及する方角である。

清代の張宗法『三農記』巻二十一に言う、「執日(吉日)、天星の方から土を取り、薫草、柏葉を門戸の上のほう一尺に塗り込む。盗みを遠ざけることができる」と。この法術はあきらかに葛洪から出たものである。そして六癸は「天星方」とも称せられる。この二つは同一である。

 第二の法は、「市南門の土、および歳破土[歳破は八つの方位神の一つ]、月建土を取ってこね合わせる。朱鳥地の土をつけて、厭盗とすることができる」。「破」「建」とは、どちらも建除法[古代術数家が天象を根拠に人や物事の吉凶禍福を占う方法のこと]の概念である。「歳破土」とは、その年の破日に取った土のこと。「月建土」はその月の建日に取った土のこと。「朱鳥地」とは南方を指す。三種の土をこねて土偶を作る。それを南面に置いて固定する。

 第三の法は、避難することに重点を置く。「急いで生地に入り、とどまる。憂いは何もない。天下に生地はある。一つの州に生地はある。一つの郡に生地はある。一つの県に生地はある。一つの郷に生地はある。一つの里[古代の行政単位]に生地はある。一つの宅[家]に生地はある。一つの房[部屋]に生地はある」。生地は、災難を避けて生存するための方位を指す。葛洪はどのようにして生地を推算するのか述べていない。ただ彼はどこかに生地があることを信じてはいた。ある人はたずねた、部屋のなかに生地はあるのですか、あまりにも狭すぎるのではないですか、と。葛氏は答えた。書物のなかでも言われているではないか、「急いで車軾に隠れる」と。車軾[車の前面の横木]の中にさえ生地(隠れるところ)があるのに、部屋のなかにないはずがなかろう、と。