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『紅楼夢』第八十回のなかで、宝玉は香菱の境遇に同情し、王道士に女人の嫉妬病を治す処方はあるかと聞いた。この問いを江湖上(世間)の薬売りに関することととらえ、海上なら守銭奴だって治せるとふざけながら答える。あだ名が「王一貼」の王道士は何と言っていいかわからず、手を叩きながら笑って言う。「処方箋がないどころか、聞いたこともないですな」。ここで作者は人物を描こうとしているのであり、医学的な処方箋を書くつもりはなく、知っている嫉妬病を治す処方を小説内に滑り込ませたのである。実際古代ではそれは嫉妬病を治す処方というより、嫉妬を止めない法術なのだった。
『山海経』「中山経」に言う、泰室の山、「その上に木あり、葉の状、棃(梨)のようだが木目は赤い。名を栯木(ゆうもく)という。服すれば嫉妬なし」。「服」は栯木の葉を身につけることを指した。すなわちこれは神樹の葉でもって嫉妬心を厭勝する神話である。
『淮南万畢術』に言う、「門冬、赤黍(きび)、薏苡(よくい)から丸薬を作る。婦人は嫉妬しなくなる」。門冬とは麦門冬(むぎもんどう)のことであり、中薬である。赤黍は黍(きび)の一種。薏苡は薬玉米ともいう。穀類の植物である。この三味治嫉妬薬物は単独で使用されることがある。たとえば『如意方』には止嫉妬術とは「牡(オス)の二十七の薏苡(よくい ハトムギ)を女に飲ませること」である。
『本草綱目』によると、麦門冬は多くの種類の疾病を治し、長期間服用すれば「身が軽くなり、気を養い、寿命を延ばすことができる」。
薏苡仁(よくいにん)は人を「軽身省欲(身を軽くし、欲を少なくする)」の効能がある。赤黍(きび)はたくさん食べても益はない。「長く食べると五臓が鈍くなり、人をよく眠らせる」。
『本草綱目』巻二十三「黍」条に『淮南万畢術』の治嫉妬処方を引用している。李時珍はこの処方は赤黍を主薬とみなしているようである。赤黍に「人をよく眠らせる」効能があると説き、李は道理があると述べている。長期服用し嫉妬を治す丸薬であり、一日中ぼんやりして眠くなり、ごく自然に力がなくなり、嫉妬することはない。
しかし『淮南万畢術』の嫉妬を治す処方は基本的に薬理でなく、意識の面では巫術によるものといえた。処方する者は三味薬が尋常でない力で嫉妬を止められると信じていた。
王一貼は賈宝玉をからかう。秋棃(梨)、氷砂糖、陳皮(柑橘類の皮を干したもの)から嫉妬を治す煎じ薬を処方し、三味薬は人を傷つけることはなく、ほんのり甘く、咳止めになり、おいしくて、「食べて百歳を過ぎたとしても、人はいずれ死ぬもの、死んで嫉妬して何になろう。まあそのときには効果があったということだ」。前漢の術士の嫉妬を治す丸薬も、その効能はこんなものだったのだろう。