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 馬王堆3号漢墓出土の『雑禁方』に言う、「犬の頭を東西に向(嚮)い合せて置き、(それから作った薬を)燔冶(治)し、つまり炙り、(それを)飲むと、夫婦は相去る(わかれる)」と。この一節では、夫婦を相憎ませ、別れさせるにはどうしたらいいか語っている。この「犬の頭を東西に向い合せる」というのは、二匹の犬を殺し、頭を東と西に、つまり向い合せて霊薬を作るということである。

 『雑禁方』の作者の見立てによれば、二匹の犬を、一匹は東に、もう一方は西に向くように置き、それらの頭をはねる。はねた頭をよくあぶり、灰になるまで搗(つ)いて、その灰を水に入れる。そして呪術をかける相手をだまして水を飲ませる。そうすると夫婦は互いに嫌うようになり、最後には別れることになるという。

 『雑禁方』によれば、飲用の犬の頭の灰を使って人を相憎ませる法は、とくに珍しい呪術ではないという。古代呪術師、とくに漢代の呪術師は、夫婦や友人のカップルのベッドや衣服の中に犬の尾や馬の毛を入れておくと、彼らは憎みあい、恨みあうようになると信じていた。

 『淮南万畢術』に言う、「馬毛と犬の尾、親友、自ら(関係を)絶つ」と。注にいわく、「馬の毛と犬の尾を取って友人の衣服の中に、若い夫婦の衣服の中に置く。夫婦は互いに憎むようになる」。

 『如意方』ではさらに具体的な解釈をとる。「馬の髪(たてがみ)と犬の毛を取って夫婦の寝床に置くと、夫婦は相憎むようになる」。比較し分析すると、『淮南万畢術』のいう馬毛とは馬の体毛ではなく、馬髪、すなわち馬鬣(たてがみ)のことである。『如意方』のいう犬毛も犬の体毛のことではなく、犬の尾の毛のことである。

 馬のたてがみ、馬の尾、犬の尾は、相憎術を実施する際に使われる霊物だが、基本的に単純な連想から来るものだ。『説文解字』に言う、「馬、怒なり、武なり」と。馬の古音は怒、武と同韻で、馬の名は、善怒にして、威武であることに由来すると許慎は認識している。[馬は首をあげて怒って吼え、勇武にしてよく戦う]

 古代文献中、駿馬は狂奔すると「怒歩」と呼び、策馬が疾走すると「怒馬」と呼んだ。『急就篇』によると、いわゆる「騏(き)駹(ぼう)馳(ち)驟(じゅ)怒歩を超える」。

 『左伝』「定公八年」のいわゆる「林楚は(速く走るために)馬を怒らせ、大通りを疾駆させた」は好例となるだろう。社会ではすでに馬が使われ、怒るという観念があり、呪術師はそれらの影響を受けていたのだろう。彼らは馬が怒ると化身することを知っていた。また駿馬が怒ったときたてがみや尾が明らかに変化した。彼らはそれらに駿馬の怒気が現れるのを知っていた。彼らはこれから類推して、たてがみや馬の尾からできた灰を寝床や衣服の中に入れれば、馬の怒気が伝わり、憤怒となって友人や夫婦関係に影響を及ぼしたのである。これと似たものが、犬の善き吠えたてと善き咬みつきである。

 古代には
㹜という造語があった。これは二匹の犬が咬みあっている様子を表している。これから訴訟で争う「獄」という字が生まれた。人をだまして犬の頭の灰を飲ませ、犬の尾を寝床や衣類に入れる相憎呪術は一種の交感呪術である。それによって犬が咬みあうように仲たがいするのである。



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