5 皮肉屋から寛大な人間に
「トリップ」はもうなし
無慈悲なほどの冷徹さで、チョギャム・トゥルンパはみなの「トリップ」を切り捨てた。この表現は当時のヒッピー文化の典型的な表現だった。それは「宇宙脱出」の感覚をもって、現実世界から旅立つトリップのことを指している。教えるためにはこれらのトリップをやめさせ、生徒たちを現実世界に引き戻さなければならなかったとチョギャム・トゥルンパは説明している。それは痛みをともなうプロセスだった。とくにトリップを現実世界とみなしていた者たちにとっては。何の躊躇もなく、しかしユーモアは忘れず、チョギャム・トゥルンパは人々の幻影を打ち砕いた。
あるとき何度もチベット人グルを訪ねたことのある生徒が、チベットの習慣にしたがってトゥルンパの前で床にかがむようにお辞儀をした。すかさずトゥルンパは床を見て、言った。
「何か落としたのかね?」
ニューヨークでレクチャーを開いたとき、ドラッグをやっていそうな生徒が立ち上がり、知的だがわかりにくい、あきらかに意味のない質問をいつまでもだらだらとしはじめた。生徒がまだしゃべっているとき、トゥルンパはマイクのほうに身体をかがめて「ふうううう」と息を吹きかけた。驚いた生徒は話すのをやめた。それから彼は深呼吸をしてからふたたび話し始めた。するとまたトゥルンパはマイクに「ふううう」と息を吹きかけはじめた。さすがに今度は生徒も話すのをやめ、黙りこくった。
チョギャム・トゥルンパは人々の心を開いた。彼はどんなシリアスな問題も、もっとも傷ついたまさにその場所を開拓し、楽しめることができた。
自身のティーチングのなかで、スピリチュアルな道を見つけたと考えている人々、真実の側にいると信じている人々は、救世主を探し、こうして自分自身の体験をし損ねてしまうという大きな罠にかかってしまうことがあるとトゥルンパは説明している。
「教義があなたを転向させるということはそんなに起きません。むしろあなたが教義を自分のエゴに転向させているのです」
ティーチングの目的は「正しいこと」を学ぶのではなく、あるものにたいしてよりオープンになるということなのだ。