呼吸 

 あなたの姿勢がしっかりと決まったなら、呼吸の仕方に集中してほしい。いつも新しい可能性を探している変わりやすい心のように、呼吸は安定しないものではあるが、コンスタントに吸い、吐いていることに変わりはない。ひどく疲れたとき、それは困難になり、リラックスするとそれは容易になる。呼吸はシンプルだが、わが身のことであり、われわれが参考にするのに手頃な変動指標である。

 チョギャム・トゥルンパは、瞑想のときに呼気に注意を向けるのはきわめて重要なことと位置づけていた。息を吐き出すとき、宙に溶けていく瞬間がある。ゆっくりと、われわれの注意は遠ざかっていく。しかし吸気には注意は必要とされない。それはそれ自身を見守ることができる。彼はつぎのように説明する。

「呼気とともにつねに出ていくものがあります。息を吐き出したとき、あなたは溶けていき、霧散します。それから自然に吸気がはじまります。あなたはそれに従ってなかに入ってくる必要はありません」

 この訓練に集中すればするほど、溶ける瞬間が本質的なリラックスした状態になっていく。しかしこの実践は集中することが目的ではない。集中ではなく、呼吸の感覚とひとつになることをめざす。

 この過程において間(ま)がある。そしてあなたは息を吐いて止める。あなたの注意は溶けていく。そして(肺に)何もなくなる。

「息を吐く、溶ける、間(ま)。吐く、溶ける、間。吐く、溶ける、間。あなたはあなたのなかでしがみついている何か、あとを追ってくる何かをコンスタントに解き放ち、捨て、ボイコットします。この場合のボイコットは意味深い言葉です。もしあなたが呼吸に執着しているなら、あなたはコンスタントにあなた自身に執着しているということです。ひとたびあなたが呼気の終わりをボイコットしたら、世界は何も残りません。呼気がそれと同調したことを思い起こさせるだけです。あなたは同調し、溶ける。同調し、溶ける。同調し、溶ける。同調し、溶ける」