5 イニシエーションの意義を取り戻す 


 チューギャム・トゥルンパはヴァジュラヤーナの道とその修行法をどのように示しただろうか。

 この質問に答える前に、チューギャム・トゥルンパの典型的な表現を引用するのも悪くないだろう。

「もう一度、髪の毛をとかしながら、最初に学んだことを振り返ってみましょう」

 なぜなら、その道筋を、それ自身の進化の観点から示すことが重要だからだ。

 ヒナヤーナ(小乗仏教)の修行においては、修行者は自らの苦悩、挫折、神経症(ノイローゼ)に直接直面する。修行者が自分よりも他人を優先することを実践できるのは、マハーヤーナ(大乗仏教)のおかげともいえる。そうすると、心の本質とも呼ばれる現実の本質との真の出会いが可能になる。こうした驚くべきことは、師の心との直接的な触れ合いによって起こるのである。師の任務とは、「弟子の器に電流を通すことです。そうすれば、物質的な病原菌を免れ、より清潔で、明瞭になるのです。そしてそのエッセンスをそれに注ぎこむことになるのです」。それはまさに(師から弟子への)伝授という理念である。

伝授は秘教の道の核心だ。ルネ・ゲノンは次のように説明している。

「宗教は存在を個々の人間の状態として捉え、その状態から排除することを目的とはしません。むしろ現在の状態においてもっとも好ましい条件を保証することを目指しています。しかしイニシエーションの主目的は、この状態の可能性を超え、より高次の状態へと昇華することを実際に可能にし、最終的には、存在をあらゆる制約された状態を超えた状態へと導くことです」

 正式な伝授体験は、宗派の精神的な影響と直接接触し、師が体現する悟りの精神に触れる機会を提供する。チューギャム・トゥルンパは、修行者が修行の道を歩み始めるとすぐに、ヴァジュラヤーナ(金剛乗)の要素を伝授することを決意した。3つのヤーナを伝授する3ヶ月間のセミナリーの終了時には、希望する者はヴァジュラヤーナの伝授を受けることができた。

 この瞬間から、弟子たちは加行(けぎょう。སྔོན་འགྲོンゴンドロと呼ばれるもので、完全な灌頂すなわちアビシェーカを受ける前に必ず行わなければならない)の修行を始めることができる。チューギャム・トゥルンパがこれらの修行を披露した方法は驚くほど斬新だったが、ここではその詳細には触れない。チューギャム・トゥルンパは、これらの修行を公に披露することを望まなかったからだ。彼は秘教の道は神聖なものであり、自分が個人的に知る弟子たちだけに(修行の中身を知ることが)許されるべきだと考えた。

 この章の文脈において、チューギャム・トゥルンパが1975829日にタントリカ(ヴァジュラヤーナの修行者)に宛てて書いた未発表の手紙を引用するのは興味深いだろう。この手紙は彼が実行しようとしていた活動の概要を示している。

「思うに、タントラに対する特別なアプローチの力そのものが雄弁に物語っています。多くのチベット人の教師は、アメリカ人の学生にマントラ(真言)やサーダナー(修行)、タントラに見える何かを教えています。これらはチベットで地元の農民や一般の僧侶に伝えられるように、純粋に外的な視点から、受けいれられます、あるいは伝えられます。しかし私自身は、皆さん一人ひとりを、至高の教えに共感できる可能性のあるシッダ(成就者)であるとみなします。初期の頃、シャマタ・ヴィパシュヤナ(止・観)のみを紹介しました。これによって心の基本がよく理解できたことを誇りに思います。あなたがたの旅を一般化し、自身の生の経験が損なわれないようにすることで、私たちはヴァジュラヤーナの教えを薄めることなく完全に伝えることができたのです」

 チューギャム・トゥルンパは、ヴァジュラヤーナの弟子たちのために定期的にセミナーを開催し、弟子たちに自分自身の経験を話すよう奨励した。これら初期のグループはタントラ・グループとしてよく知られている。

 仏教徒の人生の最高点であるアビシェーカअभिषेकの間、完全なイニシエーション儀礼が与えられる。アビシェーカとは灌頂、つまり力の伝授の儀式であり、その中で教師は生徒の人格のあらゆる側面を結集する完全な方法で弟子を悟りの世界に導く。チューギャム・トゥルンパがセチェンのジャムゴン・コントゥルに師事していたとき、彼の師は彼にリンチェン・テルゾ(テルマの至極の宝庫)を伝えた。63巻のこの宝庫には、ジャムゴン・コントゥルが集めた自身の教えやイニシエーションが含まれていた。

 セチェンのジャムゴン・コントゥルは朝4時に準備に取り掛かり、彼の弟子たちは朝5時から夜8時まで部屋にいなければならなかった。この儀礼はおよそ6か月つづいた。最後にジャムゴン・コントゥルはチューギャム・トゥルンパに、自分が受け継いだ教えを伝授する特別な許可を与えた。彼を座に着かせ、象徴的な品々を贈った。それは自身の袈裟、鈴、不滅の実在を象徴する笏であるドルジェ、そして彼の著書だった。

 数か月ののちドルマ・ラランへの旅の途中、チューギャム・トゥルンパはリンチェン・テルゾの灌頂を授けるよう依頼された。彼は若さゆえに少しためらったが、それでも引き受けた。これはまさに異例中の異例だった。トゥルクであったとしても、わずか14歳でこれほど多くの伝授を行うのは極めて珍しいことだった。

 彼が最後にこの教えを説いたのは1958年、ヤク・トゥルクの要請によるものだった。中国占領下の危険な状況のため、リンチェン・テルゾはわずか3ヶ月で、近隣の寺院から集まった300人の僧侶の前で説かれた。儀式が終わったのは深夜だった。

 このようにチューギャム・トゥルンパは何百通りものアビシェーカ――リンチェン・テルゾの伝達の一部分――を与えることができた。しかし彼がアメリカにいた17年間に与えたのは二つだけだった。ヴァジュラ・ヨーギーニ・アビシェーカは1977年以来毎年与え、死の数か月前の1986年、チャクラサンバラ・アビシェーカを与えた。これらを選んだのはあきらかに重要なことだった。

 この意味でチューギャム・トゥルンパの取り組みは当時の習慣と比べて革新的だった。チベットでは膨大な異なるアビシェーカを与えるのが一般的だった。今日でさえ、西欧に旅行するとき、教師はダルマセンターに滞在し、いくつものイニシエーションを与えた。

 チューギャム・トゥルンパはこのアプローチには反対だった。彼の心からすれば、お菓子やゲームのようにアビシェーカが与えられるのは最悪で、三つのヤーナの到達点として法統に入るのが最善だった。

「何百回のアビシェーカ(灌頂)を受け、ある種の自己確認として絶えず祝福を積み重ねる儀式は、とても人気が高く、流行とさえなったのです。19世紀のチベットであったようなことがごく最近の西欧でも起こったのです。このような姿勢からヴァジュラヤーナのなかに腐敗が起こり、大いなる誤解が生まれたのです」(『ゴールなき旅路』)

 この状況下では、生徒たちはもはやアビシェーカの霍乱するような力を体験することができない。というのも、彼らは適切な準備ができていないからだ。伝統的にそのようなイニシエーションを受けるには、弟子は長年修行をし、すべての準備をしなければならないからだ。ほかの多くの教師と異なり、チューギャム・トゥルンパはこのルールを脱し、わずかな修行しかしないのを許さなかった。

 チベットには、この状況を批判することわざさえある。

「インドのヴァジュラヤーナの行者は、一つの本尊(の修法)を修行して何千もの悟りを得るが、チベット人は何千もの本尊を修行しても、一つも悟ることができない」

チューギャム・トゥルンパの考えは、他の多くの分野と同様に、インドの考えを復活させることだった。

チューギャム・トゥルンパは、適切な条件を作り出し、儀式に真の力を与えるために、つぎに何が起こるか誰にも分からない状況を作り出した。これこそが、彼がつねに強調していたヴァジュラヤーナの秘義の根底にあるものだった。この秘儀こそが、誰もがこの親密な道を歩むことを可能にするのだ。修行者が、これから何が起こるのかを知らなければ知らないほど、目の前の修行や教えとの関わりはより直接的で自然なものとなり、その状況の魔法に浸る可能性が高まるのだ。