魂の奥深くへ
1 サーウィン
<墓地>
さあ、あなたを瞑想の世界へ招待します。目を閉じて、深く、ゆっくりと息を吸って吐いてください。あなたの肺を清冽な八月の空気で満たしてください。空気にはリンゴやたきぎの煙、枯れ葉のにおいが混じっています。毎日のこまごましたことや、読んでいないEメール、電話の返答のことなどは忘れてください。心配ごとは置いていってください。すべてはここにそのままにしていってください。
このサーウィンの日(10月31日)、あなたは森の中の長い道を歩いています。空気には甘い松の香りがほのかに感じられます。あたりは午後のあたたかい日差しで照り輝いています。両側に高い木々が並ぶなか、道はくねりながら森の奥深くへとつづいていきます。小さな鳥たちがさえずり、仲間を呼んでいます。一羽のシジュウカラが、興味深そうに木から木へと移りながら、あなたを追ってきています。あなたの足取りは強く、しっかりとしています。赤、茶、黄金色の乾いた落ち葉があなたの足の下で踏み砕かれます。その音にあなたのシューズが砂利を踏みしだく軽やかな音が小気味よく混じります。道はゆっくりと、かすかに上がっていくだけなので、あなたの足に負担がかかることはありません。小さな丘を上っていくと、道のわきにあなたは古い鉄のフェンスを発見します。フェンスの内側にはとても古い墓石がたくさんあります。あるものは傾き、あるものは倒れ、多くは苔や茂みに覆われています。あなたは開きっぱなしの門から踏み入り、中の探索を開始します。
あなたが墓石に向かって高い草のなかを抜けていくと、ズボンがこすれてシュッシュッという音がします。墓石の中には白いものもあれば、明るい灰色のものもあります。どれにも一世紀半以上前の古い年号を含むシンプルな文字が刻まれています。ここは、忘れられた場所。お供えの花はいっさいなく、見渡す限りだれか世話をしている兆候はなく、この地域に居住者がいるようには見えません。でもだれにも顧みられないとはいえ、悲しくはありません。ただ静かに待っているだけなのです。
あなたは最初の墓石の前でかがみ、たまった埃を払います。そして刻まれた名前や年号を読みます。平凡な名前、そして短い寿命。夫と妻。数か月以内に二人とも亡くなっていて、まるで離れ離れになるのが耐えられなかったかのよう。そのかたわらにはおなじ姓が刻まれた墓石があります。そこには三人の子供たちの名前が刻まれています。彼らは全員十代になる前に亡くなっています。子を愛する両親にとってこんなに悲しいこともないでしょう。あなたの心は彼らのもとへおもむくでしょう。とうの昔に去っていった彼らのもとへ。そしてなおも存在しつづける彼らのもとへ。あなたはほかの墓石も調べます。そして埋められたほとんどの人が長生きしていないことに気づきます。
あなたはより大きな墓石のもとへと移動します。そこに地元の名前を見つけます。それは年代物の通りの標識や店の看板で飾られています。名高い歴史を持つ家族に属するだれかがここに眠っているのです。墓地は小さくて、顧みられることもないのですが。彼らはより有名となった人々の親なのでしょうか。それとも彼らは栄光を失い、住んでいた町からはるかに遠いここに埋葬されたのでしょうか。
物思いにふけるあなたの邪魔をするのはカラスです。カラスは墓地の敷地のすぐ外に立つ高い樫の木から鳴いているのです。カラスはあなたを見ながら黒マントを広げ、ふたたび声を上げます。今このとき、死者のための代弁人が登場するのは理にかなっていると考え、あなたはほくそえみます。あなたは背筋を伸ばし、両手を腰のくびれに置きます。そして身をかがめたあと、両手を広げて筋肉をほぐします。あなたが風景を見渡すと、カラスがもう一度鳴きます。そして飛んできてあなたの足元近くにとまります。カラスはあなたに頭を向け、くちばしを開けます。すると突然、長い黒いマントの中に背の高い女の姿が現れるのです。あなたは驚いて一歩下がり、息を飲みます。しかしあなたの目は急な変化にも対応し、彼女の黒い瞳の中にはいつくしみがあることを見て取ります。彼女は手を挙げ、あなたを招いています。あなたもいつのまにか彼女のほうに引き寄せられています。彼女が差し出した手を取ると、あなたは墓地の裏手のほうへいざなわれていきます。彼女は丈の高い草むらに隠れた墓石を指さします。墓石の面を見ると、驚くべきことにあなた自身の名が墓石に刻まれているのです。
「ありえない!」あなたは叫びます。「どうやったらこうなるのだ?」あなたの心はかき乱されます。あなたは頭を振って否定します。貴婦人は両手をあなたの両肩に置き、あなたの目をじっと見つめます。するとあなたは我を失ってしまいます。あなたは瞳に映った自分自身の姿しか見えません。自分の顔、口、鼻、目しか見えないのです。それからあなたはほかの目を見つけます。茶色の目、青い目、緑色の目、灰色の目。それにあなたを見返している幼児の目。あなたにはしだいにわかってきます。あなたはあなた自身を、自我を、過去深くから、はるかなる未来へ、見つめているのです。同じ目はけっしてありません。でもいつもそれがあなた自身であることを、同じ純粋な心であることを認識しているのです。
あなたはゆっくりとあなた自身に戻ります。あなたの目はふたたび彼女の目と会います。貴婦人はほほえみ、あなたの肩をやさしく抱き、あなたを解放します。あなたはもう一度墓石を見て、知らない人の名が刻まれていることを確認します。おそらく不審なことは何もないのでしょう。困惑したあなたは彼女のほうを振り返ります。しかし彼女はもうそこにいません。遠くにカラスの鳴き声が聞こえます。いったい何が起きたのか……。
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